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第三者承継の成功率を高めるには?所長が準備すべき6つのこと

  • 執筆者の写真: 菅原 良平
    菅原 良平
  • 6月24日
  • 読了時間: 9分

 少子高齢化の影響で、税理士業界でも「後継者不在」に悩む事務所が急増しています。特に60代後半から70代の所長にとって、事業の終わらせ方や引き継ぎ方は大きな課題です。なかでも「第三者承継」は、親族や職員に後継者がいないケースで現実的な選択肢として注目されています。


ただし、第三者承継は簡単ではありません。税理士事務所は属人的なビジネスであるため、売却のタイミングや所長の姿勢、準備の質が成否を左右します。M&Aを選んでも、準備不足では「買い手が見つからない」「職員や顧問先が離れる」などのリスクを招きかねません。

この記事では、所長が第三者承継(M&A)を成功させるために準備すべき6つのポイントを解説します。M&Aを「売却」ではなく「事業の継続と価値の最大化」と捉え、早めに取り組みましょう。


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1.「業務の見える化」とマニュアル整備を徹底する


 税理士事務所の第三者承継において、もっとも重要かつ見落とされがちなのが「業務の属人化」です。多くの事務所では、所長が実務から職員指導、顧問先対応までを担っており、その情報が経験知のまま残されています。買い手となる第三者、あるいはM&Aを仲介する専門家が最初に確認するのは「この事務所は、所長がいなくなっても業務が回るのか?」という点です。ここで答えが「NO」なら、承継の成功率は著しく低下します。


そこで必要なのが「業務の見える化」です。以下のような取り組みが求められます。


  • 各種業務フローの文書化(税務申告、年末調整、月次巡回など)

  • 使用ソフトやクラウドツールの操作手順書

  • 顧問先対応マニュアル(対応頻度、手続き、注意点)

  • 緊急時対応や繁忙期の業務スケジュール表


これらを文書化・共有することで、引き継ぎ後も円滑な業務継続が可能になります。特に、最近ではクラウド会計やAIツールの導入が進んでいるため、ツールの運用ノウハウもマニュアルとして整備しておくことが必要です。また、職員が誰でも参照できるよう、所内サーバや共有ドライブに格納し、定期的に更新することもポイントです。こうした準備が整っていれば、M&Aの交渉でも「見える化された事務所」として評価されやすくなります。


2.「職員との信頼関係」を再構築する


 第三者承継のプロセスにおいて、職員の理解と協力は欠かせません。どれだけ良い買い手が見つかっても、職員が不信感を抱いたままでは、M&A後に離職が相次ぎ、顧問先対応にも支障をきたします。


所長としてまず意識すべきは、日頃からの職員との信頼関係の構築です。「うちは家族的な雰囲気でやっているから大丈夫」と考える所長も多いのですが、実際には所長の胸の内や事務所の今後について、職員が何も知らないというケースが少なくありません。信頼関係の再構築のために必要なステップは以下の通りです。


  • 将来的な承継の意向を早めに職員へ共有する

  • 業績や財務の透明性を高め、情報を適切に開示する

  • 職員の意見や提案を聞き、職場環境改善に反映する

  • 個別面談などでキャリアパスや働き方への配慮を示す


特に、M&Aにおいて買い手が注視するのは「現場職員が承継後も残るかどうか」です。人材の安定は顧問先維持に直結するため、職員のモチベーションと定着率は極めて重要な評価ポイントです。


所長が「自分の代で終わる」のではなく、「事務所を次世代につなぐ」という姿勢を示すことで、職員の安心感と共感を得やすくなります。信頼関係が構築された職場は、承継後も組織として機能し、M&A後のスムーズな統合が実現しやすくなるのです。


3.「自分の引退時期・関与度」を明確にする


 第三者承継を検討する際、所長が避けて通れないのが「いつ引退するか」「どこまで関与を続けるか」という点の明確化です。これは、M&A交渉における大きな判断材料でもあります。


よくある失敗パターンとして、所長が「売却後も数年は関与したい」「顧問先対応は続けたい」などの希望を曖昧なまま伝えることがあります。買い手側にとっては、この曖昧さが大きな不安要素になるのです。


そこで所長としては、以下のような点を早期に整理しておく必要があります。


  • 完全引退時期の目安(例:譲渡後1年以内に退任など)

  • 譲渡後の関与範囲(例:一定の顧問先だけ引き続き対応)

  • 勤務形態や報酬の希望(非常勤、業務委託などの選択肢)


M&Aは「引退」ではなく、「役割の変化」であると捉えることもできます。自分がどのような形で事務所に関わりたいのかを明文化することで、買い手との信頼ある交渉が可能になります。また、将来像を明確に描けている所長ほど、事務所の職員や顧問先にも安心感を与えることができます。とくに「引退後の混乱」が懸念される税理士事務所では、所長の明確な意思表示が承継成功の鍵を握ります。


4.「事務所の財務状況」を整理しておく


 M&Aにおいて最もシビアに見られるのが「財務情報」です。どれだけ所長の人柄が良くても、財務情報が不透明であれば買い手はつきません。所長として、M&Aを意識した準備としてまずやるべきことは「財務の棚卸し」です。具体的には以下の項目の整理が必要です。


  • 直近3期分の損益計算書と貸借対照表

  • 売上構成(顧問料収入、スポット収入の内訳)

  • 顧問先の業種・規模別の売上比率

  • 経費の構造(人件費、家賃、IT投資など)


これらは買い手が「この事務所を買う価値があるか」を判断する最重要資料となります。特に、M&Aを仲介する専門家からも「最低限この程度の資料は用意してください」と言われることが多く、早めの準備が求められます。


また、役員報酬の設定や個人的な経費(自家用車、交際費など)がどの程度含まれているかも整理しておくと、買い手側に「調整後営業利益(EBITDA)」として事業価値を正確に伝えることが可能になります。


「税理士だから自分の財務は把握できている」と思いがちですが、実は所長自身が経営面を深く見ておらず、実情を把握していないケースもあります。第三者承継を成功させるためには、所長自身が経営者としての数字感覚を持ち、資料を整えることが大前提です。


5.「顧問先情報」と関係性を引き継ぎやすくする工夫


 第三者承継において最もセンシティブで、かつ成否を分けるのが「顧問先の離反リスク」です。税理士事務所の価値の多くは「継続的な顧問契約」によって構成されているため、顧問先が離れてしまえば、どれだけ事務所の仕組みが整っていても、承継の意味が失われてしまいます。この課題をクリアするためには、所長が主導して「顧問先との関係性」を可視化し、さらに引き継ぎのしやすい状態にしておく必要があります。以下のようなポイントを整理しておくと効果的です。


  • 各顧問先との契約内容(顧問料、業務範囲、契約年数)

  • コンタクト履歴や過去の相談事項

  • 顧問先のキーパーソンや意思決定者の情報

  • 年間スケジュール(決算期、繁忙期の特記事項など)


また、情報の整備だけでなく、「所長がどのように顧問先と信頼関係を築いてきたか」も引き継ぎの重要な部分です。たとえば、定期訪問の頻度や、節税提案のスタイル、対応スピードへの期待値など、数値化しにくいが大切な“肌感覚”の部分も含めて、後継者に伝える必要があります。


第三者承継では、顧問先側から見ると「知らない税理士にいきなり代わる」という不安が生じます。このギャップを埋めるために、M&Aの前後で以下のような「関係構築の橋渡し」が有効です。


  • 所長自ら顧問先に「承継の意向と後継者の紹介」を伝える場を設ける

  • 顧問先訪問に後継者を同行させ、関係構築の時間を持たせる

  • 顧問先に向けた説明資料や挨拶状を用意する


これらの準備をしっかり行うことで、顧問先の不安を最小限に抑え、M&A後の信頼関係をスムーズに引き継ぐことができます。「所長の顔が見える対応」が顧問先の安心感につながり、結果的に事務所の価値を維持することにもつながるのです。


6.M&Aの専門家と早めに連携する


 第三者承継、特にM&Aによる譲渡を目指す場合、最終的な成否を分けるのは「誰と連携するか」です。所長の多くは、事務所運営には長けていても、M&Aの実務や市場動向に詳しくありません。そのため、早い段階から専門家との連携を進めることが極めて重要です。


M&Aの専門家には以下のような存在がいます。


  • 会計事務所M&Aに特化した仲介会社

  • 税理士業界に精通したFA(ファイナンシャル・アドバイザー)

  • 士業M&Aに強い弁護士や司法書士

  • 税理士のM&Aを数多く手掛ける企業のアドバイザー


これらの専門家は、単に買い手を紹介するだけでなく、

以下のような多面的な支援を行ってくれます。


  • 所長の希望に合致する相手(買い手)探し

  • 事業価値評価(バリュエーション)と希望条件のすり合わせ

  • 秘密保持契約や基本合意書の作成

  • 価格交渉・条件調整

  • クロージング(契約締結)までのスケジューリングと支援


特に、税理士事務所のM&Aは「人」「信頼関係」「引き継ぎ方」といった定量化しにくい要素が評価の中心になるため、業界理解のある専門家の存在が不可欠です。M&Aを「売り時が来たら考える」ものと捉えるのではなく、「成功させるために準備と連携を早めに始める」ものと理解しましょう。譲渡価格を少しでも高くしたい、良い相手に継いでもらいたいと考えるなら、2〜3年前からの行動が望ましいです。


また、M&Aを進める中で、所長自身の気持ちに迷いが生じることもあります。そのようなときこそ、専門家が中立的な立場からアドバイスをしてくれる存在になります。所長が孤独な決断を迫られないためにも、早期の専門家連携は第三者承継の最大の成功要因と言えるでしょう。


7.まとめ


 税理士事務所における第三者承継、特にM&Aによる譲渡は、単なる「売却」ではなく、「所長が築いてきた価値を未来につなぐ手段」です。しかしその成功は、所長の準備と姿勢次第で大きく変わります。


本記事で紹介した6つの準備項目は、すべて事前に対応できるものばかりです。


  1. 業務の見える化とマニュアル整備

  2. 職員との信頼関係の再構築

  3. 引退時期・関与度の明確化

  4. 財務状況の整理

  5. 顧問先情報と関係性の引き継ぎ

  6. M&A専門家との連携


これらを一つひとつ着実に整えていけば、M&Aの交渉はスムーズに進み、買い手からの信頼も得やすくなります。さらには、承継後も職員や顧問先が安心して事務所を支えてくれる「組織としての強さ」が生まれてくるのです。


所長の皆さまにとって、「いつか承継を考える日」は必ずやってきます。であれば、

その“いつか”を「今日」から始めることが、最大の備えとなります。所長の判断と行動が、事務所の未来を形づくります。10年先の顧問先、職員、そして事務所全体のために、今からできる準備を一歩ずつ始めていきましょう。


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