税理士法人設立で失敗しないための実務設計
- 小杉 啓太

- 11月28日
- 読了時間: 6分
税理士法人の設立に際して見逃されがちなのが「内部留保」の問題です。押さえておきたいのは、内部留保とは法人の利益のうち、配当や分配されずに社内に留め置かれた資金である点です。特に税理士法人や税理士事務所の法人化において、この内部留保の扱いを誤ると後年深刻な経営リスクにつながります。組織形態上、税理士法人は社員税理士同士の持分関係や責任範囲が無限連帯となるため、将来的な解散や事業承継時の分配額も純資産価額が基準となります。内部留保が膨らむと、退職する税理士の持分精算時の課税負担や譲渡金銭の調整負担が重くなります。
内部留保の扱いを誤ると、問題が表面化するのは設立から数年後です。特に社員税理士の入退社が想定より多い税理士法人では、純資産価額の変動が持分精算に直結し、税理士同士の合意形成にも影響します。また、税務署は内部留保の増減理由を重視するため、税理士法人として毎期の利益処分方針を明確にしておくことで後の指摘を避ける効果もあります。
加えて、過度に内部留保を積み上げると留保金課税等の追加課税を受けるケースもあり、税理士が節税を意図していても、結果として税負担が増加する可能性があります。特定同族会社に該当する税理士法人の場合、内部留保の限度額を超えると通常の法人税に加えて追加課税がかかるため、所得分散以外の積極的な内部留保蓄積は推奨されません。設立時には、純資産価額が肥大化しすぎないよう、経営計画段階から「分散設計」「配当ポリシー」の詳細なシミュレーションが必須です。特に事業承継や退社時の分配については、定款で十分に規定しつつ、実際の会計処理を想定した設計が重要となります。
士業法人(税理士法人、会計法人等)設立には様々なメリットとデメリットが存在します。最大のメリットは、複数の税理士による組織的運営、人材確保、事業承継の円滑化、社会的信用力の向上など、税理士事務所単体では難しい体制整備ができる点です。設立手続では、税理士法および関連法令に従い、2名以上の税理士が社員となり定款作成・公証人認証・登記申請等を経て税理士法人が成立します。設立後は税理士会への届出も必須で、税理士にとっての行政手続きが続きます。
一方、デメリットや実務上の盲点として、設立時の制度設計に失敗すると、税理士法人に資金が固定されてしまい、分配時の税負担や取扱いが複雑化します。また、税理士法人は社員税理士全員が無限連帯責任を負うため、個々の税理士の判断が法人・社員全体に影響するリスクが高い点にも注意が必要です。
制度設計が曖昧なまま走り出すと、後から定款や持分の整理を行う際に全社員税理士の同意が必要となることもあり、意思決定の速度が低下します。特に士業法人は、社員税理士の貢献度評価や利益配分が曖昧だと摩擦が生じやすく、設立初期のルール設計が運営安定の鍵を握ります。
特に解散時は、税理士法人の財産(純資産価額)に基づき分配が行われるため、事前の分配方法や持分設計が不十分だと経営上の大きな問題となります。所得分散以外の特筆すべき税務メリットは少なく、むしろ税理士法人として内部留保管理や持分譲渡、退社時の精算などで複雑な課税関係が発生します。士業法人の解散、持分譲渡、事業譲渡をスムーズに行うには、設立段階から実務運用を想定した「定款設計」「リスクヘッジ」「責任分散」の意思決定が極めて重要となります。
税理士法人の隣接分野として「会計法人」を併設するケースも増えていますが、この場合のリスクも無視できません。会計法人は税理士法人から会計業務を外注等の形で受託し、顧問先から報酬を受けることが可能です。しかし、税理士業務(申告書作成・税務相談等)は税理士資格者に限定されるため、会計法人が税理士業務へ過度に関与すると、税理士法違反、コンプライアンス違反に該当しやすく、税務調査の厳しい目が向けられます。顧問料や決算報酬の支払先・業務内容に税理士業務と非税理士業務の明確な区分を設けることが不可欠です。
特に会計法人側に税理士法人からの独立性がないと判断されると、「実質一体」とみなされ、売上・経費の付替えや課税区分の修正を求められるケースがあります。会計法人が税理士法人の下請けのように扱われていると、消費税の課税区分や源泉控除の取扱いにも不整合が生じ、調査官のチェックポイントが増加します。税理士法人と会計法人の役割区分の明文化、契約の整備、業務量の記録は調査対応の基盤となります。
また、備品やオフィス利用の実態も「収益比率」に基づいた経理処理が必要で、適切な処理を怠ると外注費による税理士法人側の報酬圧縮とみなされる可能性があります。税務調査で狙われやすいのは業務受託契約の不備や実態との乖離が目立つケースであり、必ず契約書は2部作成し、実際の業務と報酬の流れが整合的であるよう記録・運用することがポイントとなります。
持分会社(合同会社、合名会社、合資会社など)の設立・運営に関連して最大の焦点となるのが「持分の債務控除」と「相続税評価」です。税理士が関与する場面でも多い論点であり、社員の責任範囲は会社形態によって大きく異なります。合同会社や合名会社では出資持分の払戻規定があり、有限責任社員か無限責任社員かで扱いが変わります。無限責任社員が死亡した際には、その債務超過部分が連帯債務とされ、相続人が負担する金額だけ債務控除の対象となります。税理士が扱う相続税の実務でも欠かせない重要ポイントです。
相続時には、会社の資産内容や役員貸付金の整理状況が評価額に直結し、日常の会計処理が税務リスクにつながります。中小規模の税理士法人では、個人と法人の金銭のやり取りが混在しやすく、整理がされていないと評価額が過大になるケースも珍しくありません。
評価方法としては、持分会社の時価純資産額から負債を控除した金額に持分割合を乗じた額が相続時の評価額となります。定款で出資持分の相続について定めがあればその通りに、なければ原則通達に基づき取扱います。組織変更に伴う資産交付や持分譲渡の課税関係も理解しておく必要があり、時価評価やみなし配当課税の知識が不可欠です。定款設計や脱退・相続時の持分整理は、設立当初から念入りに運用計画・証拠保存の方法まで設計しないと、将来的な税務調査・相続で大きなトラブルにつながりかねません。
税理士法人設立は、社員税理士の責任範囲や内部留保の設計・分配、会計法人併設のリスク、相続評価や債務控除、持分譲渡・事業承継・解散に至るまで細かい論点が密接に絡み合っています。特に税理士法人では、持分譲渡・解散時の純資産価額評価と分配、社員税理士としての無限責任の波及、税務・法務コンプライアンスを見据えた定款設計・組織全体のガバナンスが求められます。
さらに税理士法人における内部留保管理、会計処理の分別、相続やM&A対応に至るまで、設計段階から実際の運用を想定した対策が不可欠であり、事業承継局面や突発的な解散・税務調査への備えも必須です。この記事の内容を基盤に、税理士法人の設計・運営を進める際には、「設立時の細部設計」「運用の透明性」「証拠書類の保存」といった具体的な実務運用を強く意識した計画が重要となります。





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