制度設計なき士業法人は崩壊する~税理士法人に潜むリスクと承継の壁~
- 小杉 啓太

- 9月22日
- 読了時間: 7分
税理士法人は「合名会社」に準じる特別法人として位置づけられており、その基本構造そのものが強いリスクをはらんでいます。最大の特徴は、社員全員が無限連帯責任を負う点です。仮に法人が経営不振や紛争に巻き込まれれば、代表社員はもちろん、他の社員も個人資産をもって責任を負うことになります。しかも、意思決定においては株式会社のような出資比率による多数決ではなく、原則として「人頭基準」が採用され、社員一人ひとりの同意が大きな力を持ちます。持分を譲渡するにも、社員を新たに迎え入れるにも、原則(日税連が提供するモデル定款)は全員の同意が必要とされるため、内部対立が生じた場合には法人そのものが停滞してしまう危険性を抱えています。
このようなリスク構造から考えると、税理士法人における「制度設計」は単なる形式論ではなく、実際の経営と存続を左右する生命線です。具体的には、定款に議決方法や社員加入の可否を柔軟に定めること、出資と議決権のバランスを調整する工夫を盛り込むことが求められます。また、無限責任という大きな負担に対して、内部的にどのように負担割合を調整するのかを覚書で明文化しておくことも不可欠です。これを怠れば、一人の社員の不注意や対立が法人全体に波及し、時には存続危機につながります。
さらに忘れてはならないのが「競業避止義務」です。社員は法人の目的業務を個人で行うことはできず、違反すれば損害賠償・懲戒・除名の対象となります。この規律は法人の信用を守るためには有効ですが、逆に制度設計を整えていなければ不測の事態で社員と法人が対立し、法人全体を巻き込む大きなリスクに発展します。税理士法人のリスク構造を理解したうえで、どこまで業務範囲を定款に入れるか、あるいは外すかといった選択も制度設計の核心です。結局のところ、税理士法人が安定して運営されるかどうかは、定款をはじめとする制度設計の巧拙にかかっているのです。
税理士法人にとって、社員の死亡や脱退は単なる人事変動ではなく、法人そのものの存続を揺るがす事態に直結します。税理士法上、社員が死亡した時点で退社事由が発生し、その持分については払戻請求権が相続人に発生する仕組みとなっています。つまり、法人は相続人に対してすぐに払戻に応じなければならず、予想外の現金流出が発生します。しかも、その評価額は退社時点の純資産額で計算されるため、法人財務にとってはきわめて重い負担となり得ます。
さらに問題なのは社員数の要件です。税理士法人は最低でも2名以上の社員がいなければ存続できず、6か月以内に新たな社員を補充できなければ自動的に解散となります。代表社員が病気や事故で急逝した場合、法人は短期間のうちに後任を確保しなければならず、制度設計をしていなければそのまま法人は終焉を迎えることになります。
また、強調すべきは税務リスクです。退社に伴う払戻額が純資産評価より低い場合、残存社員に「みなし贈与」が発生する可能性があります。他方、払戻額が純資産と同額であっても、退社社員にとっては「みなし配当」として課税されます。制度設計なしに社員の死亡や退社が起これば、法人のみならず社員個人の税務リスクも顕在化し、二重三重のダメージを受けることになります。
このリスクに対処するためには、定款に死亡退職金の規定や評価方法を事前に定めること、あるいは契約で退社時の調整条項を設けておくことが必要です。こうした備えを怠った税理士法人では、社員の一人の不幸が法人解散の引き金となり、残された職員やクライアントにまで甚大な影響が及びます。制度設計の欠如は単なる「内部トラブル」ではなく、最悪の場合「法人の終焉」に直結する現実を忘れてはならないのです。
近年、税理士法人においてもM&Aによる事業承継は重要な選択肢になっています。しかし、その実現を阻む最大の要因のひとつが「古い定款」です。多くの税理士法人は、設立時に日税連が提供するモデル定款をほぼそのまま採用しており、そこには「社員の加入は総社員の一致」「持分の譲渡も総社員の一致」という、極めて重い制約が残っています。設立当初はそれで問題がなくとも、いざ外部承継やM&Aを検討する段階になると、この定款の制約が交渉を不可能にしてしまうのです。
たとえば、外部の法人や個人に持分を譲渡して経営を引き継ぐ場合、全社員の同意が必要です。社員の中に単に保守的な立場を取る者が一人いるだけで、M&Aは即座に頓挫します。また、出資比率ではなく人頭基準で意思決定する仕組みがそのまま残っていれば、出資の大半を保有している代表者であっても、反対する少数社員の意思に阻まれることになります。
さらに、モデル定款のままでは議決方法や報酬の決め方も極端に硬直的で、外部専門家から見れば「柔軟性のない組織」と評価され、M&Aの魅力を欠きます。法人の財務内容が良好であったとしても、制度の設計不備によって買い手側から敬遠される事例が増えているほどです。
M&Aを円滑に進めるためには、定款を現実的な規定に改訂しておくことが不可欠です。具体的には、意思決定を出資額基準で行えるようにする、代表社員の同意制に切り替える、利益配分の方法を明確化しておく、などの工夫が必要です。定款の古さを放置している法人は、せっかくの承継機会を自らの手で閉ざしているに等しく、結果的に清算しか選択肢がなくなるリスクを背負い込むことになります。
法人承継を考えるうえで、税理士法人には大きな「壁」が存在します。それが「持分の相続ができない」という制度上の制約です。株式会社であれば持株を相続によって承継できますが、税理士法人は士業資格を持たない相続人に社員資格は移転しません。したがって、社員が死亡した場合には必ず退社事由が発生し、法人はその持分払戻請求権に応じなければならなくなります。
この制度は、士業法人を専門職業家の共同体として厳格に維持する目的に沿ったものですが、事業承継の観点では深刻な困難をもたらします。たとえば創業者である代表社員が多額の持分を有していた場合、その死亡によって巨額の払戻債務が法人に発生します。しかも、その評価額を超える部分は「みなし配当」として所得課税され、さらに請求権そのものは相続税の課税対象にもなります。つまり、法人と相続人の双方に重い税負担がのしかかるのです。
承継困難の実態はそれだけにとどまりません。持分の整理が不十分なまま死亡が生じると、残存社員は払戻に応じざるを得ない立場に追い詰められ、法人の資金繰りを大きく圧迫します。最終的には清算を余儀なくされ、そこで働く職員や顧問先にも影響が及びます。こうした「持分相続の壁」は、制度設計を軽視してきた法人にとって避けられない末路となります。
したがって、税理士法人の経営者には、後継者への承継を前提とした持分の整理や議決権の設計が不可欠です。例えば、生前に後継者となる税理士へ持分を譲渡していく仕組みを制度化する、あるいは代表社員の死亡時に退職金を支給するルールを定款に盛り込み、払戻リスクを実質的に緩和しておくことが考えられます。相続による承継が制度上認められない以上、定款や覚書による代替手段を整えなければ、承継困難の「壁」を乗り越えることはできません。
士業法人は、合名会社に準じた構造から、社員個人の責任と法人の制度が強く結びついています。制度設計を怠れば、一人の死亡や意見対立が法人の崩壊や税務リスクへ直結しかねません。定款をはじめとする内部ルールの設計は「形式」ではなく「生存戦略そのもの」です。税理士法人にとって制度設計とは、将来の承継や安定経営を可能にする最大の投資なのです。





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