税理士法人承継のリアル:3つの方式と実務リスクを整理
- 小杉 啓太

- 21 時間前
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税理士法人をどのような形で承継するかは、近年の税理士法人経営における最大の関心事の一つです。少子高齢化の影響により後継者不在の税理士法人が増加する一方で、開業税理士や他法人が事業承継型のM&Aに関心を持つケースも増えています。しかし、税理士法人には独自の法的制約が存在し、その構造を正確に理解しないと、形式的な承継が思わぬリスクを伴うことになります。
税理士法人は税理士法に基づき設立できる士業法人であり、構成形態としては会社法上の合名会社を準用しています。つまり、社員はすべて税理士であり、各社員が無限責任を負うことが前提です。業務執行権も全社員(社員税理士)にあり、資本関係よりも「人的信頼」と「資格責任」による組織体である点が特徴です。そのため、株式会社のように株式譲渡により法人支配権を移転する仕組みは採れず、承継は下記の3つの方法のいずれかで進めることになります。
(1)持分譲渡(社員の地位移転)
(2)合併(法人格の包括承継)
(3)事業譲渡(事業資産の個別移転)
この3つの方式はそれぞれ、法的効果・税務影響・運営リスクが大きく異なります。特に、無限責任構造のもとで債務超過リスクや相続時の持分評価をどう扱うかは、実務上極めて重要です。以下にその仕組みを順に整理します。
持分譲渡は社員税理士が保有する出資持分を新たな税理士に譲渡し、社員構成を変更することで経営を引き継ぐ方法です。法人そのものは存続し、顧問契約・事務所契約などの再締結を要さないため、クライアントや従業員への影響が最も小さい承継形態です。
ただし、法的にはきわめて厳格な制約があります。譲渡には全員の税理士の同意が原則必要であり、譲渡先も登録のある税理士に限られます。譲渡合意後は脱退登記・加入登記を行い、日税連への届け出・承認を経る必要があります。この手続きを怠ると、承継そのものが無効とみなされるおそれもあります。
税務上は、譲渡者に譲渡所得課税が生じます。持分の評価額は、原則としてその法人の純資産価額(帳簿上の評価益を含む)に基づいて算定されるため、内部留保が大きい法人では譲渡益が予想以上に膨らみます。譲受側は現物出資の形で引き継ぐわけではないため、譲受コストが資産評価に反映されにくいというデメリットもあります。
さらに注意すべきは、退社した社員が脱退前に発生した債務に対して連帯して無限責任を負う点です。法人が債務超過の場合には、譲渡者の相続財産評価において債務控除の可否が争点となり、国税庁の質疑応答事例でも「債務負担が確実と認められる場合のみ控除可」とされています。こうしたリスクを踏まえ、譲渡前に法人財務を整理し、内部留保・貸付金を適正に処理しておくことが不可欠です。
<参考>
国税庁の質疑応答事例
「合名会社等の無限責任社員の会社債務についての債務控除の適用」
合併は複数の税理士法人を一体化し、権利義務を包括承継させる方法です。特に近年は、規模や地域特化による競争力強化を目的とした「対等合併型」の事例が増えています。合併契約にはすべての社員税理士の同意が原則必要であり、加えて登記や債権者保護手続きも経る必要があります。
このスキームの長所は、事務所機能と契約関係を切れ目なく引き継ぐことができる点です。顧問契約、従業員、設備、人員、ブランドなど、顧問先との信頼を損なうことなく一体承継が可能です。士業法人における「のれん」(営業権)はここで明示的に評価され、法人税法上は償却資産として扱われます。
一方、合併は法人格・ガバナンスともに再構築を伴うため、失敗リスクが高いのも現実です。合併前の給与体系・報酬配分・意思決定手続きをそのまま持ち込むと、社員間の力関係や貢献度の差で不満が生じやすくなります。特に経営主導権を共有する場合は、合併契約とは別に社員間協定(パートナーシップ契約)を締結し、議決権・分配基準・退社時の払戻規定を明確化しておくことが推奨されます。
税務面では、合併差益または損失の処理、のれん償却の有無、貸倒引当金や固定資産の帳簿引継価額など、法人税法上の包括承継の扱いが複雑です。適格合併に該当させる場合には一定の要件(事業継続、持分比率、経営支配関係など)を満たす必要があり、これらは税務判断上の核心論点となります。
加えて、日税連や所属税理士会への報告義務、合併公告・債権者異議手続きなども忘れてはならない法定手続です。専門的には最も制度化されたスキームですが、実務の手間と統合後の調整コストが大きく、計画段階での設計・調整が成功を左右します。
事業譲渡は、法人が保有する顧問契約・人員・設備などの資産や事業機能を、新設または既存の他法人に個別移転する方法です。法人自体を引き継ぐわけではないため、旧法人側の内部留保や潜在債務、過去の税務リスクを除外して承継できる点で実務上非常に有用です。
例えば、所長が高齢化し、早期リタイアや死亡を見据えている場合、別の税理士法人に法人の業務の一部または全部を有償譲渡します。この際、譲渡対象資産を「顧問契約リスト」「職員雇用契約」「備品」「営業権」などに区分し、譲渡契約書に明確に定めておくことが肝要です。
譲渡対価の目安は、M&A実務上「直近1年分の売上」が目安とされることが多く、支払いは複数年での分割が一般的です。旧代表はこの譲渡対価を一時所得または退職所得として申告しますが、誰が業務を執行していたか(顧客基盤・営業権を形成してきたか)により所得区分(事業所得・退職所得・一時所得)が変わるため、税務上の取り扱いを事前に整理しないと、個人所得として過大課税を受けるおそれがあります。
どのスキームを採用するにしても、目的は「円滑な事業継続」と「最小限の税務コスト」であるべきです。法人の財務状態、社員構成、後継候補の有無、相続リスク、内部留保の水準などを複合的に比較検討する必要があります。特に、税理士法人の承継では、形式的な手法選択だけで判断すると思わぬ負担を抱え込むことが少なくありません。承継前に法人内部の課題をどこまで整理できるかが、その後の安定運営を左右します。
まず重要なのは、「承継後の姿」を具体的に描いたうえでスキームを逆算することです。たとえば、顧問先の減少を避けたいのか、職員の雇用を守りたいのか、地域内でのブランドを維持したいのか、あるいは後継候補に経営権を集中させたいのか、目的によって適したスキームは大きく異なります。持分譲渡で法人をそのまま残して引き継ぐほうがよいのか、合併で組織として新しい枠組みをつくったほうがよいのか、あるいは事業譲渡で“必要な部分だけを残す”ほうが合理的なのか。承継後の運営方針を明確にしておくと、どの方法を選ぶべきかが判断しやすくなります。
また、承継では「人的要素」の整理も避けて通れません。税理士法人は無限責任の社員税理士によって構成されるため、誰が経営に関わり、誰が業務執行を担うのか、承継後の役割分担を明文化することが欠かせません。とくに合併や持分譲渡の場合、社員の議決権や配分ルールの不一致が後々トラブルの発端になることが多いため、承継前に協議を重ね、退社時の払戻規定、分配基準、業務執行権限などを文書化しておくことが有効です。
さらに、財務面の整理も重要な論点です。内部留保が厚い場合は持分評価が高くなり、譲渡税負担が想定以上に大きくなることがあります。一方、潜在債務や過年度の処理漏れを抱えたまま合併や持分譲渡に進むと、承継後に支払い・修正申告が生じ、譲受側に過大な負担を与えかねません。こうした財務・税務の不確定要素を減らすためには、承継前のデューデリジェンスを丁寧に実施し、貸付金・未払費用・労務リスクなどを棚卸ししておくことが必須となります。
加えて、税理士法人は税理士以外の者が社員となることができず、相続人が資格を持たない場合、承継不能のまま法人解散に至るケースもあります。そのため、所長の急逝に備えた定款整備(持分払戻請求権や相続時の処理条項)をあらかじめ設けておくことが不可欠です。
最終的に、税理士法人の承継を成功させる要点は「法的な仕組み」「財務の整理」「社員間の合意形成」「顧問先・職員のケア」という四つの視点をバランスよく統合することです。どれか一つでも欠けると、表面的には承継が完了していても、後から業務オペレーションの混乱や税務負担、パートナー間の対立といった問題が顕在化する可能性があります。スキームそのものよりも、事前準備の精度こそが承継の成否を左右する、といっても過言ではありません。





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