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税理士事務所M&Aで失敗しないために——承継方法と報酬設計の実務ポイント

  • 執筆者の写真: 小杉 啓太
    小杉 啓太
  • 11月7日
  • 読了時間: 7分

 税理士事務所のM&Aは、「売買」や「引退」というイメージが先行しがちですが、実際には事業の継続と関係者の幸福、そして未来の選択肢を拡げる重要な手段です。全国の税理士にとって、M&Aは単なる資金獲得や引退対策ではありません。不安定な採用環境や後継者難、職員の雇用維持、顧客の信頼継続といった現場の課題に、リアルに向き合う必要が出てきています。


 例えば、税理士事務所を営む多くの所長が、表面的な譲渡対価よりも「職員や顧問先を守りたい」「自身が元気なうちに安心な継続体制を整えたい」と願ってM&Aを検討しています。譲受側の税理士も「顧問先だけでなく職員を含めて事業拡大したい」「新拠点の地元雇用を維持したい」という思いが根底にあります。そのため、税理士事務所M&A成功の鍵は、双方が「事業の未来」を本気で対話・協働して考える点にあります。


 税理士事務所のM&Aは「金銭だけの問題では済まない」「一時的な引退策ではうまくいかない」という現場のリアリティを、所長や志ある事務所が直視すべき重要なテーマです。日々、多くの所長税理士が「自分はまだ現役」「将来不安の解消」「周囲に迷惑をかけない備え」を理由に、事務所のM&Aや合併、承継を現実的な選択肢として検討し始めています。


 特に、近年の税理士業界は高齢化と有資格者不足のダブルパンチに直面しており、現場の税理士から「事業継続には新しい協業が不可欠」との声が増え続けています。M&Aは税理士の独立精神や経営哲学を損なうものでは決してなく、むしろ次世代税理士への知見・ネットワークの伝承という側面も持っています。全国各地で、税理士自身が自らの専門性や価値観を次世代へ受け渡すための手段として、M&Aの本質を見直す動きが加速しています。未来の選択肢を創るためにも、M&Aの意義や本質を、今こそ現役税理士が自ら語り、社会に発信していく姿勢が必要とされているのです。



 税理士事務所の承継には主に「第三者承継」と「親族承継」があります。親族承継は、信頼関係や長年の経営理念を継承しやすい一方で、近年は後継ぎ不在や業界人口減少で困難も増しています。第三者承継、すなわち外部の税理士や他事務所へのM&Aによる継続は、事業拡大・雇用維持・地域貢献の観点から、多くの税理士が選択肢の一つとして真剣に検討しています。


 第三者承継では、税理士法人間や開業税理士同士の新たなパートナーシップ形成が重要です。具体例として、開業税理士が現役継続を前提に、他の税理士事務所と統合し税理士法人を新設、自身も社員税理士・支店長としてポジションを維持しつつ、10年間の現役続投と退職金条件を確保した事例があります。これにより、職員や地域の顧問先にとっても「顔なじみの税理士が継続する」という安心感が生まれます。


 税理士事務所にとって自社の組織風土や地域性、職員構成、将来設計に合致する承継方法の見極めが肝要です。第三者承継は、全国展開や採用力強化の観点でも税理士同士のネットワーク拡充に繋がりやすく、「先送り」よりも「現役のうちの選択」がより円滑な承継・成長に寄与します。実際、第三者承継を選んだ税理士事務所の多くは、譲受側の税理士法人が提供する経営ノウハウや人材支援のメリットを享受し、単独では困難だった事務所の成長・新市場展開を実現しています。親族でなくても「価値観や事務所風土を共有できる税理士同士」であれば、譲渡後も無理なく事業継続が可能です。


 加えて、M&A仲介業者の支援を受ければ、候補先の適合度や受入条件、組織文化の相性まできめ細かく確認できます。税理士業界では、第三者承継を単なる「売却」ではなく、相手との信頼関係づくりや共同経営を前提とした「経営パートナー化」と捉え直す向きが強まっています。重要なのは、どの承継方法であっても「職員や顧問先の安心感を守り抜けるか」という、現場感覚を持った税理士ならではの実務判断です。



 税理士事務所M&Aでは、契約書でのリスクマネジメントが必須です。特に税理士には、税理士法上・労務上・税賠上の各種責任がつきまといます。税理士法人同士の合併より「事業譲渡」が主流なのは、BS(貸借対照表)や過去の税賠リスクの引継ぎに慎重になるからです。実際に合併では社員税理士の独立リスクや持分清算リスク、損害賠償リスクが増す傾向にあります。


 事業譲渡契約では、譲渡対象(顧問先・職員・設備等)の明確化、顧問契約・収納サービスの移行手続き、職員の雇用契約条件の維持、退職金制度の取扱い、顧客資産・ソフト等の引継ぎ有無、IT補助金の返還要否確認、そして税賠保険の補償期間延長手続きなどが問われます。


 細やかなチェックによって、税理士固有のリスクや職員の生活への影響、顧問先サービスの空白を未然に防ぐことが可能となります。特に税理士として接点が深い「職員」「顧問先」に不利益や不安を与えない条件設計が、実務における最大のチェックポイントとなります。とくに、業務の特殊性ゆえに税理士固有の注意点——例えば守秘義務、損害賠償責任、既往取引の引継ぎ範囲、税理士会への登録・変更手続き、労働契約や退職金精算実務、さらには所長個人資産の名義変更(社用車・不動産・IT機器等)の整理が求められます。これら細部の詰めが甘いと、承継後に事業運営に齟齬が生じ、最悪の場合、信頼関係や業績に大きなダメージを与えるリスクもあります。


 M&Aの過程で税理士が無用なトラブルを避け、職員や顧問先と良好な関係を維持するためには、弁護士・社労士・会計ソフトベンダーとも早期に連携し、全リスクシナリオを想定した契約設計を行うことが重要です。また、税理士法や商法、労基法といった複数の法律分野の絡みを読み解き、「想定外」に備えるためのリスクマネジメント意識が不可欠となっています。



 税理士事務所のM&Aにおいて、譲渡対価に関する「報酬保証」はしばしば争点になります。例えば、税理士事務所の売上の1年分を引退時に退職金として受け取る、報酬を一定期間上乗せ支給する、役員報酬減額や現物出資の工夫など、多様な調整方法がとられています。


 一時金の一括受け取りだけでなく、役員報酬や退職金に分割して受け取ることで税務上のメリットを生かしつつ、安定的に手取り7~8割を確保する「分散受け取り」型が多いのは、税理士に特有の節税・リスク分散意識の表れです。これにより退職後の生活設計や家族・職員の不安解消にも繋がります


 また、M&A後に現役継続を希望する税理士には、最初の3~5年は役員報酬を多めに、徐々に役割軽減に伴って減額する調整も有効です。さらに退職金制度を新法人のものに統一するか、既存の運用掛金を給与に上乗せする配慮も考えられます。


 譲渡側の税理士自身の希望と譲受側の経営計画をすり合わせることで、「お金だけ」の交渉に陥らない合意形成が大切です。税理士間のM&Aにおける報酬や譲渡対価の調整は極めて繊細な論点です。譲渡側としては自身のこれまでの労に見合う「正当な見返り」としての保証が必要ですが、譲受側も、譲渡後の業績や経営リスクを慎重に見極めなければなりません。


 報酬保証だけでなく、勤務形態・就業期間・後継者育成への関与度なども、双方で細やかにすり合わせる必要があります。特に税理士法人内部規程と開業税理士の慣行とのギャップに配慮し、双方が納得できる合意形成を図る点は、第三者(税理士専門のM&A仲介会社等)の力を借りることも有効です。近年では税理士会も事業継続について積極的な啓発を行っており、「報酬」自体が目的ではなく、むしろ持続的成長・共同経営のための公平なインセンティブ設計こそが求められています。



 税理士業界においては、「M&A=引退」だけのネガティブな決断という印象から、「自分や仲間、職員、顧問先の幸せを最大化するパートナー戦略」へと急速に価値観が転換しています。本当に良いM&Aは、税理士だけでなく、その家族や職員、取引先、地域の顧問先までも「参加型」「共創型」のアプローチで進められています。


 例えば、譲渡実行前から職員同士の合同イベントや食事会、顧問先への前向きな案内状配布など、税理士事務所のコミュニティ全体を巻き込む丁寧な準備が、ほぼ全ての成功案件に共通しています。結果として、「税理士が経営の悩みを共有できる仲間ができた」「職員や顧問先が安心して継続利用している」「新規紹介が増えた」といった、かつての事務所単独経営では得がたい成果が報告されています。M&Aを「愛」のある経営判断に変えていく力が、今こそ税理士に最も問われています。


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単なる「売却」に限らず、譲渡側の所長の現役続行を前提とした「支店成り」「税理士法人化」「税理士法人合併」などのご支援を全国で多く行っています。

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