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税理士法人のM&Aと承継をどう設計するか

  • 執筆者の写真: 小杉 啓太
    小杉 啓太
  • 5 日前
  • 読了時間: 6分

 税理士法人や税理士・会計事務所のM&Aでは、「年間売上の1年分」あるいは「3~5年分の営業利益」といったシンプルな指標が相場感として広く流通しています。個人事務所であれば、「1年間の売上=売却価格」という分かりやすい説明が好まれ、譲渡側の税理士・譲受側の税理士の双方にとって交渉の叩き台にしやすいことも相まって、実務慣行として定着しているのが実情です。もっとも、この「年間売上1年分」という値はあくまで目安にすぎず、実際のM&Aでは案件ごとに個別の調整が欠かせません


 実務の税理士法人のM&Aの現場では、例えば「年間売上×0.7年分」から「年間売上×1.5年分」程度まで、同じ売上規模でも大きくレンジが振れることが珍しくありません。倍率を押し上げる要因としては、下記の点が挙げられます。


 逆に、所長ワンマンで顧客との信頼関係がほぼ所長個人に依存していたり、低単価・高負荷の顧問先が多い場合には、同じ「年間売上1年分」というラベルでも実質的な価値は大きく割り引かれ、交渉の過程で減額要請を受けることが多くなります。​この意味で、「年間売上1年分」というのは、評価のゴールではなくスタートラインにすぎません。


 評価実務では、上記の項目をデューデリジェンスで確認し、「年間売上1年分」に対するプラス・マイナスの調整を行うことになります。特に税理士法人については、無限責任社員の構造や持分評価、解散時の純資産価額評価、持分会社の債務控除の考え方など、制度上の論点も絡むため、「1年分」という俗説的相場に引きずられすぎず、法務・税務の構造を踏まえて個別に評価する視点が重要になります。



 税理士法人のM&Aにおける評価手法自体は、一般の中小企業と大きく変わるものではなく、「年買法(売上×倍率)」「マルチプル法(営業利益×何年分)」「DCF法(将来キャッシュフローの現在価値)」「純資産法」などが用いられます。ただし、税理士法人や税理士・会計事務所特有の事情として、「顧問契約の継続性」と「オーナー依存度」が評価の中心になります。業界解説では、「1年間の顧問報酬」または「3~5年分の営業利益」をベースとした考え方がフィットしやすい一方で、顧問先の質や継続性に応じて、この年数を上下させることが実際の現場では行われています。​


 税理士法人であれば、これに加えて、無限責任社員の構成や、定款上の持分譲渡・退社・解散に関する規定をどのように設計しているかが、評価に直結する重要なポイントになります。特に持分会社としての性質を有する以上、債務控除や純資産価額評価の扱いをどう整理するかは避けて通れず、法人の財務内容と制度設計を一体で把握する必要があります。


 また、無限責任社員である社員税理士が死亡・退社する際には、債務超過部分が連帯債務として相続財産から控除できるのかといった、相続税法上の論点も絡み、法人側だけでなく社員税理士の税務・相続リスクも同時に検討する視点が求められます。これらの点を曖昧にしたまま承継スキームを組んでしまうと、後継者の負担や既存の社員税理士の責任範囲が不明瞭になり、承継後のトラブルにつながりかねません。


 したがって、評価は単純に「収益倍率」や「売上×年数」で片づけられるものではなく、法人の法的構造と、承継方法(合併・事業譲渡・持分譲渡)によって生じる税務・法務インパクトを見比べながら、最適な出口を組み立てる必要があります。



 一般企業の事業承継では、「親族内承継」「親族外承継(M&A・MBO)」「IPO」「ホールディング化」「廃業」などの出口が整理されていますが、税理士法人や税理士・会計事務所の承継について現実的なのは、親族内承継と第三者承継(M&A)の2軸です。


 親族内承継は、顧問先や職員に心理的な安心感を与えやすく、「看板を守る」という点で分かりやすい一方、後継者となる親族の資格・能力・資金力が前提条件となるほか、親族間の利害調整や贈与税・相続税の問題が生じやすい側面があります。特に、出資持分を「安く譲りすぎる」と、その差額についてみなし贈与が問題になり得るため、評価方法や対価の支払方法を含めた設計が必要です。​


 第三者承継(M&A)は、税理士資格を持つ親族がいないケースや、事務所のさらなる成長をめざすケースで有力な選択肢となります。第三者承継(M&A)では、将来得られるはずの収入を譲渡対価として受け取ることにより、所長個人にとって安定した資金を確保できる点が大きなメリットとなります。事務所の規模や継続性が高いほど、その価値が正当に評価されやすく、老後資金の確保や新たなキャリア・生活設計にもつなげやすくなります


 さらに、第三者承継(M&A)は職員にとってもプラスに働く場面が多く、例えば新しい母体による給与・賞与制度の見直し、評価制度の明確化、研修や教育プログラムの拡充など、働く環境が改善されやすい点が挙げられます。 また、IT化や業務標準化が進んでいる法人に移ることで、担当者の負担が軽減され、専門領域を伸ばしやすくなるなど、長期的なキャリア形成の選択肢が広がることも大きなメリットです。


 顧問先にとっても、第三者承継(M&A)はネガティブな変化だけではなく、むしろメリットにつながる面があります。 例えば、所長交代後も職員が継続して担当することで日常対応の質は保たれつつ、譲受側の持つ専門部門(相続・組織再編・資産税など)を活用できるようになり、提供できるサービスの幅が広がるケースは少なくありません。ITツールやサポート体制が強化されることで、レスポンスの迅速化やミス防止といった“実務品質の底上げ” が期待できる点も、顧問先にとっては大きな利点です。

 

 もっとも、第三者承継では、譲渡側の所長の手取り金額だけでなく、職員の処遇、事務所名や拠点の扱い、顧問先への説明方法といった要素が極めて重要です。こうした条件面を早い段階から整理しておくことで、実際の交渉において希望に沿った形に近づけやすくなります。税理士法人特有の無限責任構造や社員の加入・脱退規律も踏まえ、「資本の承継」と

「経営の承継」を切り分けて設計することが、出口戦略の肝と言えるでしょう。



 以上を踏まえると、税理士法人の売却・M&A・承継において重要なのは、「売上1年分」という相場観を鵜呑みにすることではなく、その裏側にあるビジネスモデルと制度設計を可視化することだと言えます。顧問先の質と継続性、所長依存度、人材・業務フロー・IT環境、内部留保や債務の状況、税理士法人としての定款・持分・債務控除のルールなどを、少なくとも数年前から整えておけば、親族内承継・第三者承継のいずれを選んだとしても「評価倍率」「税コスト」「関係者の納得感」の面で有利に働きます。​


 また、税理士法人の内部留保管理や持分構成設計ひとつをとっても、解散時・退社時の純資産価額評価(会社法準用)で課税負担が大きく変わりますし、その前提として会計法人・税理士法人の役割分担をどう設計しておくかが問われます。結局のところ、「出口戦略」とは特別なイベントではなく、開業当初からの制度設計・内部留保の貯め方・持分構成の組み方の延長線上にあります。この記事では、「売却価値」「評価手法」「親族内か第三者か」の切り口から論点を整理しましたが、実務ではこれらをバラバラに考えず、ひとつのストーリーとして一貫性ある設計に落とし込むことが、税理士法人にとって最も重要なリスクヘッジであり価値向上策になります。



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