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事業承継を阻む制度的障壁と解決策~税理士法人の出口戦略と定款見直しの重要性~

  • 執筆者の写真: 小杉 啓太
    小杉 啓太
  • 10月3日
  • 読了時間: 7分


 税理士法人の大きな制度上の特徴として、社員税理士が2名以上必要であるという点が挙げられます。これは税理士法に定められており、もし社員が1人だけになった場合、その日から引き続き6か月以内に新たな社員を加えなければ、法人は自動的に解散事由に該当します。いわゆる「6か月ルール」と呼ばれるこの仕組みは、事業承継やM&Aの局面において無視できない要素です。


 例えば、社員税理士が2名体制の税理士法人で代表社員が高齢となり、後継者候補の社員が退社してしまった場合、法人は一気に存続の危機に晒されます。この場合、選択肢としては「新たな社員税理士を加入させる」「他法人と合併する」「持分を譲渡してM&Aに踏み切る」「清算する」といった道が考えられます。しかし、単純に新しい社員を迎えるだけでは、責任の重さ(無限連帯責任)や持分評価といった壁が立ちはだかります。そのため、制度設計の段階で将来的な承継パターンを想定し、社員の加入方法や持分の扱いについて定款で柔軟性を持たせておくことが重要です。


 特に事業承継の観点では、後継者税理士への持分の生前譲渡や、代表社員から一般社員への地位変更による退職金支給などを、定款や契約の中で予めルール化しておくことが望ましいでしょう。生前譲渡を選ぶ場合には、相続税法上のみなし贈与の問題が避けられないため、税務的な検討も併せて必要です。また、会計法人との関係整理についても、併せて事前に決定しておくことで、継続性が担保されます。


 要するに、この「社員2名以上ルール」は単なる形式ではなく、法人の存続基盤そのものを左右する条件です。承継を意識した定款の制度設計を怠ると、出口の幅が限定されてしまうリスクが大きいといえます。



 税理士法人が直面する「出口」の選択肢は大きく三つに分けられます。後継者への生前譲渡、M&A(持分譲渡・合併・事業譲渡)、そして清算です。どの道を選ぶかによって、社員や顧客、さらには法人の資産に与える影響は大きく変わります。特に重要なのは、この出口戦略を制度設計の段階から織り込んでおけるかどうかです。


 まず「清算」の場合、残余財産の分配方法が問題となります。日税連のモデル定款では出資額に応じた分配が原則とされますが、実際には純資産評価との差額によってみなし贈与の問題が発生することがあります。法人を解散する際に、出資割合と異なる分配を認めると、税務面で予期せぬ課税が生じるケースがあるため注意が必要です。


 一方で「M&A」は、雇用や顧客基盤の維持に有効な手段となり得ます。近年では雇用確保を目的にM&Aを積極的に検討する法人も増えていますが、会計法人の扱いや、社員の退職金支給の有無などの条件設計が不十分だとスムーズに進みません。例えば、一定期間社員として在籍し続けることを条件に退職金を設定するケースがありますが、法的拘束力は弱く、制度的な裏付けを契約や定款に盛り込む必要があります。


 出口戦略に制度設計が及ぼす影響は甚大です。定款で社員加入・退社・持分譲渡のルールを工夫しておけば、承継先やM&Aの相手に柔軟に対応できる一方、日税連のモデル定款のままでは「総社員の同意」が壁となり、スムーズな移行が阻害されます。出口の多様化に備えて、制度設計を柔軟に見直しておくことが鍵となります。



 士業法人のM&Aを阻害する要因は、多岐にわたります。特に代表的なものは下記の3つです。

(1)社員間の同意要件

(2)持分の評価方法

(3)無限連帯責任の存在

これらは合名会社準拠の法的性質に由来しており、株式会社のように「資本多数決」で割り切れないため、調整に難を伴う傾向があります


 まず(1)「社員間の同意要件」について、日税連のモデル定款では社員加入や退社、持分譲渡の際に「総社員の同意」が求められています。このため、ある社員が法人を離脱しようとしても、他の社員が反対すれば道が閉ざされてしまう可能性があります。これではM&Aを実施するにも、社員の一存で阻止される恐れがあるため、予め「出資額比例による多数決」や「代表社員の承認」で足りるとする独自規定を定款に盛り込むことが解決策となります。


 次に(2)「持分の評価方法」については、退社や譲渡の際に純資産評価が原則とされますが、これをそのまま適用すれば高額の払戻義務が生じ、法人側に大きな負担となります。これを避けるには、定款で払戻の計算方法を工夫するか、覚書で内部調整の合意を取り決めておくことが現実的です。ただし、評価額を恣意的に歪めると税務上のみなし贈与が生じるため、税務面も踏まえたバランス設計が求められます。


 そして(3)「無限連帯責任」も大きな参入障壁です。社員になった瞬間から重責を負うことになるため、新たな後継者候補やM&Aの相手方が躊躇することが少なくありません。この点については、定款だけで解消できるものではありませんが、内部規律や覚書によって実質的な責任分担を明確化し、加入時の安心感を高めることが有効です。


 以上を踏まえると、税理士法人のM&A阻害要因の多くは「制度設計の不備」から生じています。問題が顕在化してからでは遅いため、早い段階で定款・契約の柔軟化を行うことこそが、実行可能なM&Aへの近道といえます。



 承継や合併を円滑に進めるためには、定款と顧問契約の双方を見直し、法務と税務の両面から「制度的障壁」を取り除くことが不可欠です。


 第一に、定款においては「社員の加入・退社・持分譲渡」に関する規定が鍵となります。日税連のモデル定款では総社員の同意が必要とされますが、実務上はこの同意要件が大きな足かせになります。よって、定款上に「出資額比例による多数決」や「代表社員の承認で足りる」といった規定を設けることで、柔軟な人員入替が可能となるでしょう。


 次に「利益配分規定」。会社法の準用により、原則は出資額に比例して損益が分配されますが、配分方法を社員間契約や定款で設計しておけば、承継時に資金需要や退職金支給を柔軟に調整できます。ただし、みなし贈与や相続税法上の評価問題を引き起こさないよう、税務上の取扱いを考慮した規定整備が必要です。


 さらに、顧問契約の見直しも重要です。税理士法人と会計法人が分業している場合、顧客から見ればサービス提供主体が曖昧になりやすいため、契約書において「税務業務」「会計業務」を明確に分離し、報酬の支払方法を合理的に設計する必要があります。また、三者間契約や代理受領の仕組みを用いることで、会計法人と税理士法人の役割を分かりやすく整理できます。


 最後に、死亡退職金の扱いについても見直す余地があります。代表社員が死亡した場合には、退社による持分払戻請求権が相続税の対象となりますが、死亡退職金を定款に明記しておくことで、別途の支給を正当化できます。これにより、承継における相続税負担の平準化が期待できるでしょう。


 結局のところ、承継や合併を阻むのは「不透明なルール」です。事前に定款と契約を精査し、具体的に制度設計を明文化することが、将来のスムーズな移行の最大のポイントとなります。



 とりわけ税理士法人の制度設計は、法人の存続や承継、M&Aの成否を直接左右する要素です。社員が2名以上必要という仕組みは単なる形式要件ではなく、法人のライフサイクルにおける重要な分岐点を作り出します。これを無視した経営は、いざという時に清算しか選択肢がなくなる危険をはらんでいます


 出口戦略を考える上では、「清算・承継・M&A」の三つの道を想定し、それぞれに備えた制度設計を行うことが肝要です。承継に備えては、持分の評価と贈与税・相続税問題を予め整理すること。M&Aに備えては、社員加入・退社・持分譲渡の同意要件を緩和し、柔軟に応じられる定款設計を行うこと。清算に備えては、残余財産の処理や退職金規定を明記しておくことが現実的対応策となります。


 また、会計法人や顧問契約との関係整理も極めて重要です。契約書上で業務範囲を分離し、報酬や代理受領の方法を明確にすることで、顧客・税理士法人・会計法人の利害を調整しやすくなります。さらに、死亡退職金の明文化や内部覚書による責任分担規定も、後継者やM&Aの相手方の安心感を高める有効な手段です。


 総じて言えるのは、税理士法人の未来を左右するのは「事後対応」ではなく「事前設計」であるという点です。制度設計を怠れば、承継やM&Aを阻害する要因が累積し、結果的に法人の解散へと追い込まれます。逆に、定款や契約を現実に則して柔軟に整備しておけば、法人としての継続性を確保し、スムーズな承継・合併・M&Aを実現することができます。



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