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税理士事務所の承継時に所長が最も悩んだこと、解決できたこと

  • 執筆者の写真: 小杉 啓太
    小杉 啓太
  • 9月12日
  • 読了時間: 6分

 税理士事務所の承継やM&Aという言葉を耳にすると、まず「譲渡対価はいくらになるのか」「事業譲渡の契約はどう調整するのか」といった要素が思い浮かぶかもしれません。確かに数値や法的形式は重要ですが、実際に承継を決断する所長が直面する最大の悩みは、もっと日常的で現実的なことです。それは「職員や顧問先をどう守れるのか」という人に関する問題です。


 本記事では、税理士事務所の承継相談の現場で語られた事例をもとに、承継プロセスを準備―実行―承継後という流れに沿って見ていきながら、所長が最も悩んだことと、それを解決した仕組みや工夫をトピックごとに整理しながら解説していきます。



 ある税理士事務所の所長は60代前半、まだ十分に現役として働ける年齢でした。売上も数千万円規模で安定し、生活基盤には問題がありません。けれども「採用が難しい地域で若い税理士が入ってくる見込みはない」「自分に急に何かあったら妻や職員、顧問先に迷惑がかかってしまう」という不安を常に抱えていました。地方ではとくに人材確保が困難で、後継者問題が深刻になります。


 また、別の所長(税理士法人の支店長)は持病を抱え、体調が悪化して夕方には業務を続けられないほどでした。それでも所長として責任を果たす思いから勤務を続けていましたが、支店を閉じざるを得なくなれば、そこで働く職員の雇用が失われ、顧問先への対応も滞ってしまうことに不安を抱えていました。


 承継を考え始める出発点は、こうした「お金」よりも「人」に関わる不安です。「自分がいなくなった時に誰が顧客を支え、職員の生活を守るのか」。この問いに背中を押され、承継を具体的に検討する決断が下されるのです。



 承継準備に取り掛かろうとすると、必ずといってよいほど「葛藤」が立ちはだかります。60代前半というのはまだ十分に現役で働ける年代です。実際、多くの所長は「あと10年は顧問先のために力を尽くしたい」と考えています。しかし同時に、「先延ばしにすれば選択肢が狭まる」「突然の病気や事故に備えなければならない」という気持ちもあります。この「まだ続けたい」と「そろそろ準備しなければ」という二つの思いの狭間で立ち止まる所長は少なくありません。承継の準備に時間がかかる理由は、この心理的な要素が大きいのです。


 ただし、検討を進めると抽象的だった不安は現実的な課題に変わっていきます。承継後自分はどの立場で残るのか、役員報酬はどの程度にするのか、退職金はどう受け取るのか、職員へはどのタイミングで説明するのか。悩みは「解のない漠然とした不安」から「対応可能な具体的論点」へと落ち着いていきます。この変化こそ承継準備を始める価値であり、行動を起こすこと自体が解決に近づくステップになるのです。



 実際に税理士事務所の承継を進めていく段階では、法律上のスキームや契約手続きよりも「関係者の安心感をどう具体的に作るか」が核心となります。


 あるケースでは、個人事務所を事業譲渡したうえで法人を新設し、所長はその法人の社員税理士かつ支店長という立場で業務を続けることになりました。所得は役員報酬として年収1,200万円を設定。さらに引退時には売上1年分を退職金として受け取ることで、老後の生活資金を確保する形にしました。職員はそのまま同条件で継続雇用され、就業規則や会計ソフトも当面そのまま利用。顧問先にとっては“大きな変更がない”ということが何よりの安心です。


 また、別のケースでは税理士法人の支店のみを事業譲渡する手法がとられました。支店長であった所長は本店に籍を残しつつ、譲渡先法人での引き継ぎに協力。新たに若手税理士が支店長として赴任し、組織体制を強化しました。譲渡後も職員はそのまま雇用を継続し、顧問先も契約を変更することなくサービスを受け続けられました。結果として、支店の不安は解消され、むしろ新規顧問先が増加する成果も生まれました。


 これらの実例からわかるのは、承継の実行とは突き詰めれば「仕組みづくり」だということです。所長の立場や報酬、退職金の設計。職員の待遇や雇用条件。顧問先の契約や会計ソフトといった日常業務。こうした要素を一つずつ設計することで、不安が仕組みによって解決されていくのです。



 承継後、多くの所長は「思っていたよりも普段通りに仕事が続けられる」と感じます。肩書きが支店長や社員税理士に変わっても、日々の顧問先対応には変化が少ないためです。顧問先にとっては「これまで通り先生が見てくれている」ということが最も重要であり、その安心感は承継前後で変わりません。


 職員も同様です。同じ待遇のもとで安心して働き続けられることが第一であり、承継による不利益がなければむしろ前向きな変化として受け止められます。実際、法人化や統合を経ることで組織の規模が大きくなり、採用力や広告力が高まるなどプラスの効果が表れることもあります。


 あるケースでは、承継後の法人が新規顧客の紹介を受け、むしろ事務所の規模が拡大しました。元所長も「老後の安心だけでなく、事務所が成長する姿まで見られた」と語っています。承継は決して“廃業の前段階”ではなく、新しい発展の起点にもなり得るのです。



 これらの事例を振り返ると、明確に見えてくるポイントがあります。税理士事務所の承継において所長が最も悩むのは「自分がいなくなったらどうするか」という人にまつわる課題であり、その解決は「仕組みによる制度設計」でしかなし得ない、ということです。


 譲渡対価がいくらかという問題は、実は優先順位が低いのです。それよりも「役割をどう定義するか」「雇用をどう守るか」「顧問先に混乱を与えないようにどうするか」といった現場視点の条件設定が最も大切になります。事業譲渡や法人化といった枠組みは、そのための器に過ぎません。


 また、承継を“引退のための作業”と捉えるのではなく、“経営を続けるための方法”と考えることも大切です。実際、多くの先生は承継後も引き続き現役として働きます。その期間があることで、職員も顧問先も安心でき、引き継ぎも円滑になります。


 承継を終えた所長からは「もっと早く準備しておけばよかった」という声も聞かれます。早めに準備を進めれば、より多くの選択肢の中から自分や事務所に合った方法を選ぶことができますし、相手とじっくり関係を築いて信頼を育てる時間も確保できます。



 税理士事務所の承継は、お金や契約の形式だけで語れるものではありません。現場で所長が最も悩むのは「人をどう守るか」であり、その解決は「制度や仕組みを整えること」です。役員報酬や退職金の設計、職員雇用の継続、顧問先契約や業務ソフトの維持といった一つひとつの具体策が重なり、不安は解消されていきます。


 承継は“やめ方”ではなく“続け方”。そして、その続け方を設計する過程を通じて、所長自身も職員も顧問先も、より安心した未来へと進むことができます。税理士事務所のM&Aは、事務所を終わらせるための手段ではなく、未来を選び取るための可能性なのです。



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