税理士事務所のM&Aの進め方
- 小杉 啓太
- 5月20日
- 読了時間: 8分
更新日:5月21日
近年、税理士事務所のM&Aが事業承継の手段として大きな注目を集めています。かつては税理士業界においてM&Aに対して否定的な意見も多く、実際に事例も少ない状況が続いていました。しかし、少子高齢化や後継者不足、働き方の多様化など、社会の変化に伴い、税理士事務所のM&Aは今や「事業承継の選択肢の一つ」として広く認識されるようになっています。
税理士事務所の所長の中には、「事業承継に興味はあるが、何から始めればいいのか分からない」と悩む方も少なくありません。税理士事務所のM&Aは、一般企業のM&Aとは異なる点も多く、専門用語や手続きの複雑さに戸惑うこともあるでしょう。本記事では、税理士事務所の所長が安心してM&Aを進めるための基本的な流れやポイントを解説します。
1.税理士事務所のM&Aはどうやって行う?
税理士事務所のM&Aは、一般的な企業のM&Aとは異なる特徴を持っています。多くの税理士事務所は個人事業主として運営されているため、株式会社でよく行われる「株式譲渡」という方法が使えません。税理士事務所の場合、M&Aは「事業譲渡」という形で進めるのが一般的です。
事業譲渡とは、税理士事務所の業務全体や一部、顧問先、職員、設備、ノウハウなどを、まとめて他の税理士や法人に引き継ぐ方法です。株式譲渡と違い、譲渡する内容をひとつひとつ明確にし、個別に契約や手続きを進める必要があります。たとえば、顧問先との契約書の名義変更や、職員の雇用契約の引き継ぎ、事務所の賃貸契約の調整など、細やかな作業が発生します。
税理士事務所のM&Aの流れは、まず譲渡する内容や条件を整理し、譲渡先となる相手を探すことから始まります。条件が合致する相手と出会えたら、譲渡価格や引き継ぎの方法について話し合い、合意が得られれば、詳細な契約や手続きを進めていきます。最終的には、顧問先や職員に対してM&Aの内容を説明し、スムーズな引き継ぎができるようサポートすることが大切です。
税理士事務所のM&Aでは、譲渡の対象範囲を明確にすることが重要です。たとえば、すべての顧問先を譲渡するのか、一部だけなのか、職員は全員引き継ぐのか、設備や備品はどうするのか、といった点を事前に整理しておく必要があります。また、税理士事務所のM&Aには税金の問題も関わってきます。譲渡によって得た対価には税金がかかる場合があるため、事前に税理士としての知識を活かし、しっかりと確認しておきましょう。
このように、税理士事務所のM&Aは、事業譲渡を中心に進められます。譲渡対象の明確化や手続き、税務面の確認など、細やかな準備と慎重な対応が求められます。税理士としての専門知識を活かしつつ、信頼できるパートナーを見つけて進めることが、成功のポイントです。
2.事業承継を検討する前に準備をすること
税理士事務所のM&Aや事業承継を考える際、まず大切なのは「承継後に何を実現したいのか」を明確にすることです。所長自身の希望はもちろん、顧問先や職員の将来についても真剣に考える必要があります。たとえば、「長年お世話になった顧問先に引き続き良いサービスを提供したい」「職員の雇用や生活を守りたい」「自分の引退後も事務所が地域で信頼され続けてほしい」など、目指すゴールを整理することが、事業承継の第一歩となります。
税理士事務所は、所長個人の能力や人脈に依存しやすい傾向があります。承継後に新しい所長やパートナーがスムーズに業務を引き継げるよう、業務マニュアルの整備や職員への権限移譲、日々の業務の見える化を進めておくことが大切です。特に、税理士事務所のM&Aでは「属人性の排除」が重要なポイントとなります。所長がいなくても事務所が安定して運営できる体制を整えておくことで、譲受側から見ても魅力的な事務所となります。
また、税理士事務所のM&Aにおいては、売上や利益だけでなく、顧問先との信頼関係や職員の定着率、業務の効率化など、さまざまな要素が評価されます。譲受側は「この事務所を引き継いだ後、しっかりと利益を上げ続けられるか」を重視します。単に売上が多いだけでなく、安定した顧問先が多い、職員が長く働いている、業務が効率化されている、といった点が高く評価される傾向にあります。
譲渡対価について、税理士事務所のM&Aで一般的によく言われるのが「売上の1年分が相場」という話です。例えば、年間売上が5,000万円の税理士事務所であれば、譲渡価格も同じく5,000万円程度になると考えるのが一般的です。実際には顧問先の質や契約内容、職員のスキル、事務所の立地など、さまざまな要素が加味されます。希望する条件を実現するためには、早めに準備を始め、事務所の価値を高めておくことが重要です。
事業承継の準備は、思い立ったときから始めるのがベストです。急な引退や体調不良など、予期せぬ事態が起こる前に、しっかりと準備を進めておくことで、所長自身も顧問先も職員も安心して次のステージに進むことができます。税理士事務所のM&Aを成功させるためには、早めの準備と具体的な行動が何よりも大切です。
3.M&A仲介会社・専門家への相談
税理士事務所のM&Aを進める際、仲介会社や専門家への相談は非常に重要です。特に、当事者同士だけで事業譲渡を進めようとすると、条件の調整や交渉が難航するケースが多く見られます。長年の知り合い同士だからこそ、遠慮や感情が入り交じり、冷静な判断ができなくなることも少なくありません。
このような時、M&A仲介会社や専門家のサポートを受けることで、第三者の視点から客観的なアドバイスをもらうことができます。仲介会社を選ぶ際には、サポート体制が充実しているかどうかをしっかりと確認しましょう。単に事業の売買を仲介するだけでなく、事業承継後のフォローまでしっかりとサポートしてくれる会社を選ぶことが大切です。
また、税理士事務所のM&Aは、一般のM&Aとは異なる点が多くあります。たとえば、顧問契約の引き継ぎ方法や、職員の雇用条件、税理士資格の扱いなど、業界特有の課題が存在します。そのため、税理士事務所のM&Aに実績がある仲介会社や、税理士事務所専門でサポートしている専門家を選ぶことが、安心してM&Aを進めるためのポイントです。
さらに、仲介会社によっては、複数の承継先候補を提案してくれるところもあります。幅広いネットワークを持つ仲介会社を選ぶことで、自分の希望や事務所の特徴に合った最適な承継先を見つけやすくなります。報酬形態も会社によってさまざまですので、着手金や成功報酬の有無、報酬の割合など、事前にしっかりと確認しておきましょう。
専門家の力を借りることで、税理士事務所のM&Aはよりスムーズに、そして納得のいく形で進めることができます。所長自身や顧問先、職員の不安を軽減し、安心して事業承継を迎えるためにも、信頼できる仲介会社や専門家への相談を積極的に活用しましょう。
4.承継先の選び方のポイント
税理士事務所のM&Aにおいて、承継先の選定は最も重要なステップの一つです。どんなに条件が良くても、所長の希望や事務所の理念が合わなければ、満足のいく事業承継にはなりません。承継先を選ぶ際には、まず自分が実現したい目的や希望が叶うかどうかをしっかりと見極めましょう。たとえば、「これまで築いてきた顧問先との信頼関係を大切にしたい」「職員の雇用を守りたい」「地域密着型のサービスを続けてほしい」など、譲渡後のイメージを具体的に描いておくことが大切です。
実際に税理士事務所のM&Aでは、所長がすぐに引退せず、一定期間は新しいパートナーと一緒に事務所を運営するケースが多く見られます。そのため、承継先とはパートナーとして良好な関係を築けるかどうかも大きなポイントとなります。
トップ同士が気軽に雑談できる、何でも相談できる雰囲気があるかどうかは、事務所の雰囲気や今後の発展に大きく影響します。人とのつながりが重要な税理士事務所にとって、顧問先や職員の目線からも承継先を選ぶことが求められます。顧問先が安心してサービスを受け続けられるか、職員がこれまで通り働き続けられるかをしっかりと考えてあげることが、信頼される税理士事務所のM&Aには欠かせません。
また、承継先の経営方針や事務所の運営スタイルが自分の事務所と合っているかどうかも確認しましょう。たとえば、顧問先への対応の仕方や職員の教育方針、IT化の進み具合など、細かな部分まで話し合い、納得できる相手を選ぶことが大切です。税理士事務所のM&Aは、単なる事業の売買ではなく、これまでの歴史や信頼を次世代につなぐ大切なプロセスです。慎重に、そして誠実に承継先を選びましょう。
5.まとめ
税理士事務所のM&Aは、事業承継の有力な手段として年々注目度が高まっています。税理士事務所のM&Aは、個人事業主が多いため事業譲渡が主流となり、譲渡対象の明確化や手続き、税務面の確認が欠かせません。事業承継を成功させるには、所長自身の希望や顧問先・職員の将来像を明確にし、属人性を排除して譲受側から選ばれる事務所づくりを進めることが重要です。
また、M&A仲介会社や専門家のサポートを活用し、良きパートナーを選ぶことで、スムーズなM&Aが実現できます。承継先選びでは、目的や希望が叶うか、パートナーとしての相性、顧問先や職員への配慮を重視しましょう。税理士事務所のM&Aは、所長・顧問先・職員の三方よしを目指す取り組みです。早めの準備と正しい知識で、納得のいく事業承継を実現してください。
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