税理士事務所の承継・M&Aを考えるタイミングはいつ?早めの準備が選択肢を広げる理由

税理士事務所の承継・M&Aについてご相談を受けていると、「まだ元気なので、もう少し先で考えたい」「引退する時期が決まってから動けばよいのでは」といったお話を伺うことがあります。税理士として現役で働いており、顧問先も職員も特に問題なく事務所を運営できていれば、承継・M&Aを急いで考える必要性を感じないのは自然なことです。
しかし、税理士事務所の承継・M&Aは、引退する直前になってから準備を始めればよいとは限りません。むしろ、所長である税理士が元気で、売上や職員体制が安定している時期だからこそ、さまざまな選択肢を比較できます。
今回は、税理士事務所の承継・M&Aを考え始めるタイミングについて、「まだ先」と思っている所長にも知っていただきたいポイントをご紹介します。
税理士事務所の承継・M&Aというと、「何歳で引退するか」を決めてから準備するものだと考える方も少なくありません。しかし、実際には引退時期が明確に決まっていなくても、承継・M&Aについて考え始めることはできます。
たとえば、「70歳くらいまでは税理士として働きたい」と考えている場合でも、70歳なってから承継先を探し始める必要はありません。数年前から候補となる事務所を探し、相性の良い相手が見つかった段階で統合し、その後も税理士として一定期間働く方法があります。
税理士事務所の場合、承継・M&Aしたからといって、所長がすぐに事務所を離れなければならないわけではありません。むしろ、顧問先や職員を円滑に引き継ぐため、譲渡後も一定期間は前所長に残ってほしいと考える譲受側の事務所は多くあります。
たとえば、引退を一つの目安として6年程度先に考えているのであれば、その時点から情報収集や候補先探しを始め、5年程度前に承継・M&Aを実行するという考え方もあります。もちろん、すべての税理士事務所にこのスケジュールが当てはまるわけではありません。
大切なのは、「承継・M&Aする時期」と「税理士を引退する時期」を必ずしも同じにする必要はないということです。早くから考え始めることで、「すぐに引退する」「数年間残る」「業務量を少しずつ減らす」など、自分に合った形を検討しやすくなります。
「あと5年働いてから承継・M&Aしたほうが、その分売上も増えて有利なのでは」と考える所長もいらっしゃるかもしれません。しかし、税理士事務所の場合、時間の経過によって必ずしも条件が良くなるとは限りません。
税理士事務所の価値は、単純に売上や利益だけで決まるものではないからです。重要になるのが、職員と顧問先の状況です。たとえば、所長の税理士と一緒に長年勤務してきた職員が多い事務所では、所長だけでなく職員も同時に年齢を重ねていきます。譲受側の事務所から見れば、「今後も長く働いてもらえる職員がどのくらいいるか」は重要な判断材料の一つです。
また、顧問先についても同じことがいえます。現在は安定した顧問料が発生している会社でも、経営者が高齢で後継者がいなければ、数年後に廃業する可能性があります。事業承継の予定がない顧問先や、代替わりをきっかけに顧問税理士の変更が予想される顧問先については、承継先が慎重に評価する場合もあります。
つまり、現在の年間売上がそのまま税理士事務所の承継・M&Aの際の価値になるとは限りません。所長の年齢だけを基準に「まだ大丈夫」と考えているうちに、職員や顧問先の状況が変化し、数年前より承継・M&Aしにくくなることも考えられます。所長、職員、顧問先が安定していることは、承継・M&Aを考えなくてよい理由ではなく、むしろ承継・M&Aについて幅広く検討できる条件がそろっているともいえるのです。
税理士事務所の承継・M&Aを考える際には、譲渡金額だけではなく、「どのように受け取るか」という点も重要です。譲渡によって受け取る対価がそのまますべて手元に残るわけではありません。
また、引退するタイミングによっては、小規模企業共済や中小企業倒産防止共済の受取金など、事務所の譲渡とは別のお金を同じ時期に受け取ることも考えられます。そのため、「最後の年に事務所を譲って、すべてを一度に精算する」という方法だけではなく、数年前から承継・M&Aを進め、その後の働き方や報酬を含めて設計することも選択肢となります。
たとえば、譲渡後も所長が社員税理士や所属税理士などとして一定期間残り、これまで担当してきた顧問先をフォローする形です。最初の1~2年はこれまでに近い形で働き、その後は担当件数や勤務日数を減らしていくことも考えられます。
重要なのは、早めに承継・M&Aを考えることで、譲渡対価だけでなく、承継・M&A後の給与や退職時の取り扱いなども含めて検討する時間を確保できることです。「いくらで譲れるか」だけを見るのではなく、「これからどのくらい働くのか」「どのような形で収入を得るのか」まで含めて考えることが、所長自身の将来設計につながります。
早めに承継・M&Aを進めるもう一つの理由が、顧問先と職員の引継ぎです。税理士事務所は、一般的な会社以上に「人」の影響が大きい仕事です。顧問先の中には、「この事務所と契約している」というより、「この税理士にお願いしている」という感覚を持っている方も多くいます。
そのため、長年担当してきた税理士が突然引退し、「来月から別の税理士が担当します」と伝えるよりも、一定期間一緒に仕事をしながら新しい担当者を紹介するほうが、顧問先も新しい体制を受け入れやすくなります。
職員についても同様です。長年勤めた税理士事務所が突然別の体制になれば、「勤務条件は変わるのか」「今までと同じ仕事を続けられるのか」と不安を感じることがあります。譲渡側の所長が一定期間残っていれば、譲受側の事務所との間をつなぎながら、段階的に業務の進め方を変えていくことができます。
これは、譲受側の事務所にとっても大きなメリットです。顧問先との関係や職員それぞれの特徴を理解している譲渡側の所長から直接引継ぎができれば、承継・M&A後の混乱を減らすことができます。
反対に、体調などの事情によって急いで引退しなければならなくなると、十分な引継ぎ期間を確保できません。承継先の候補を比較する時間も限られ、本来であれば譲れなかった条件についても妥協せざるを得なくなる可能性があります。税理士事務所の承継・M&Aは、「もう働けなくなったから考える」のではなく、「まだ働けるうちに考える」ことがポイントです。
税理士事務所の承継・M&Aを考え始めたからといって、すぐに事務所を譲渡する必要はありません。まずは自分の事務所がどのように評価されるのかを知る、どのような事務所が候補になるのかを調べる、承継・M&A後にどのような働き方ができるのかを考える、といったところから始めることができます。
早く考え始めれば、条件が合わなければ見送ることもできますし、数年後に改めて検討することもできます。一方、引退期限が迫ってからでは、「いつまでに承継・M&Aしなければならない」という時間的な制約が生まれます。
税理士事務所の承継・M&Aで大切なのは、単に事務所を譲ることではありません。これまで築いてきた顧問先との関係を誰に引き継ぐのか、職員にどのような環境を残すのか、そして所長自身が税理士としてどのように仕事を終えていくのかを考える機会でもあります。
「まだ5年ある」ではなく、「5年あるからこそ、いろいろな方法を選べる」と考えてみてはいかがでしょうか。所長自身が元気で、職員も顧問先も安定している時期から情報を集めておくことが、税理士事務所の承継・M&Aを納得できる形で進めるための第一歩になります。





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