税理士事務所の所長が考えるべき5年後、10年後のための組織化
- 小杉 啓太
- 16 分前
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1. 税理士一人体制の末路
税理士一人体制には、たしかにいくつかのメリットがあります。意思決定の迅速さ、顧客との密接な関係構築、そして柔軟な業務運営などが挙げられます。多くの税理士がこの体制を好む理由はここにあります。しかし、長期的な視点で見ると、この体制には深刻な課題が潜んでいます。
最も大きな問題は、事務所の後継者問題です。税理士業界全体で高齢化が進んでいますが、一人体制の事務所ではこの問題がより顕著です。多くの所長が、高齢になっても一線を退くことができず、結果として業界全体の新陳代謝が滞っています。後継者が見つからない場合、事務所の存続自体が危ぶまれることになります。
この状況は、顧問先に大きな迷惑をかける可能性があります。多くの企業や個人事業主は、長年信頼関係を築いてきた税理士との関係を重視しています。突然の事務所閉鎖や税理士の引退は、顧問先に新たな税理士を探す負担を強いることになります。これは単なる手間の問題だけでなく、経営や財務に関する重要な情報を新しい税理士に託す必要があるという点で、顧問先にとって大きなストレスとなります。
さらに、雇用している従業員への影響も看過できません。税理士一人体制の事務所が突然閉鎖されると、従業員は職を失うリスクに直面します。特に、長年その事務所で働いてきたベテラン従業員にとっては、新たな職を見つけることが困難な場合もあります。これは従業員のキャリアや生活に重大な影響を与える可能性があり、社会的な問題にもつながりかねません。
このような問題を回避するためには、長期的な戦略が必要不可欠です。税理士事務所の所長は、5年後、10年後の事務所のあり方を見据えて、組織化を検討する必要があります。これは単に事務所の存続のためだけでなく、顧問先や従業員の将来を守るためにも重要な課題なのです。
2. 組織化の方法・パターン(採用or経営統合)
税理士事務所の組織化には主に二つの方法があります。採用による組織化と経営統合です。それぞれに特徴があり、事務所の状況や目標に応じて選択する必要があります。
方法①:採用による組織化
採用による組織化のメリットは、自社の文化や方針を維持しやすいことです。新しい税理士や職員を採用することで、徐々に組織を大きくしていくことができます。この方法では、所長の理念や価値観を組織全体に浸透させやすく、一貫したサービスの提供が可能になります。また、成長のペースをコントロールしやすいため、急激な変化による混乱を避けることができます。
しかし、採用による組織化には課題もあります。最大の難関は、適切な人材の確保です。税理士業界全体で人材不足が叫ばれる中、質の高い税理士や有能な職員を見つけることは容易ではありません。また、採用から戦力化までに時間がかかるため、急速な成長を目指す場合には適していません。
方法②:経営統合(M&A)
一方、経営統合(M&A)のメリットは、迅速な規模拡大と経営資源の獲得です。他の税理士事務所と合併することで、顧客基盤や専門知識を一気に拡大できます。これにより、サービスの多様化や専門性の向上が可能になります。また、規模の経済を活かしたコスト削減や、リスクの分散といった効果も期待できます。
ただし、経営統合にも課題があります。最も大きな問題は、組織文化の統合です。異なる文化を持つ組織が一つになるため、価値観の衝突や従業員の不満が生じる可能性があります。また、人事制度やITシステムの統合など、技術的な課題も多く存在します。
組織化の選択
組織化の選択方法は、事務所の現状と将来のビジョンに基づいて決定すべきです。例えば、特定の分野に特化したい場合は、その分野の専門家を採用する方が適しているかもしれません。一方、総合的なサービス提供を目指す場合は、経営統合が効果的な選択肢となるでしょう。
また、所長自身のキャリアプランも考慮に入れる必要があります。長期的に事務所の経営に携わりたい場合は採用による組織化が、引退を視野に入れている場合は経営統合が適している可能性があります。
いずれの方法を選択する場合も、慎重な検討と綿密な計画が必要です。税理士事務所の組織化は、単なる規模の拡大ではなく、サービスの質の向上と持続可能な経営を実現するための重要な戦略的決定なのです。
3. 組織化のタイミングは逆算して考える
税理士事務所の組織化を成功させるためには、5年後、10年後のビジョンを明確にすることが極めて重要です。これにより、どのような組織を目指すべきか、そのために何が必要かを具体的に計画することができます。ビジョンなき組織化は、方向性を見失い、結果として失敗に終わる可能性が高くなります。
ビジョンを設定する際には、税理士業界の将来動向を考慮することが重要です。例えば、AIやデジタル技術の進化により、税務業務の一部が自動化される可能性があります。このような変化を見据えて、付加価値の高いサービスの提供や、特定分野への特化などを検討する必要があるでしょう。
ビジョンが明確になったら、そこから逆算して準備期間を考慮する必要があります。組織化、特に経営統合には相当な時間がかかります。人事制度の統合やシステムの統合など、様々な課題に取り組む必要があるからです。例えば、経営統合を5年後に実現したいのであれば、少なくとも2~3年前から具体的な準備を始める必要があるでしょう。
また、所長自身のキャリアプランにあわせた選択をすることも重要です。所長としてどのように事務所を発展させたいのか、あるいは将来的に引退を考えているのかによって、最適な組織化の方法は変わってきます。例えば、60代の所長であれば、10年後の引退を見据えて、5年以内に後継者を育成または外部から招聘し、徐々に権限を委譲していくといったプランが考えられます。
さらに、組織化のプロセスにおいては、外部の専門家のアドバイスを受けることも有効です。M&Aの専門家や経営コンサルタントなどの助言を得ることで、より効果的な組織化戦略を立てることができるでしょう。
税理士事務所の組織化は、長期的な視点と綿密な計画が不可欠です。5年後、10年後のビジョンを明確にし、そこから逆算して段階的に準備を進めることで、持続可能な成長と発展を実現することができるのです。
4. M&Aの場合、所長はサラリーマンになるのか
M&Aを通じて経営統合を行う場合、多くの所長が懸念するのが、自身の立場や役割の変化です。しかし、M&A後に所長が必ずしもサラリーマンになる必要はありません。実際には、様々な選択肢があります。
まず、M&A後に支店化し、社員税理士として新しい組織の一員として活動を続けることも可能です。この場合、所長は引き続き既存の拠点で顧客と関わりながら、組織の一員として業務を行います。数年後には、引退を視野に入れた段階で責任を減らし、事務所の運営において重要な役割を他のメンバーに引き継ぐことができます。支店としての運営を継続しつつ、業務の負担を軽減しながら、引退後にスムーズに事業承継ができる体制を整えることが可能です。この選択肢は、所長が自分のペースで後継者にバトンを渡すことができる柔軟な方法と言えるでしょう。
また、顧問やアドバイザーとして関わる方法もあります。この立場では、日常的な業務運営から離れつつも、重要な意思決定や専門的なアドバイスを提供する役割を担います。これは、徐々に責任を軽減しながら、自身の専門性を活かし続けたい所長にとって魅力的な選択肢となるでしょう。
さらに、M&A後、所長が新しい組織に所属税理士として残り、引き続き業務を行うことも可能です。この場合、所長は新しい組織で従来の税理士業務に携わり、顧客との関係を築きながら、専門的な業務を継続します。所属税理士として働き続けることで、組織内でのキャリアパスを歩むことができ、経営陣の一員としてではなく、専門職として自分の専門性を活かし続けることができます。税理士としての仕事を継続することで、安定した収入を確保しつつ、新しい環境での学びや成長も期待できるため、業務内容を変えることなく、長期的なキャリアを築きたい所長には魅力的な選択肢となるでしょう。
M&Aを通じた経営統合は、所長にとって大きな変化をもたらす可能性がありますが、同時に新たな成長の機会でもあります。自身の希望や強みを明確にし、統合先の組織と十分なコミュニケーションを取ることで、Win-Winの関係を構築することが可能です。重要なのは、この変化を前向きに捉え、自身のキャリアの新たなステージとして活用する姿勢です。
5. まとめ
税理士事務所の組織化の方法は、それぞれの所長が求めているものによって大きく異なります。一人一人の所長のビジョン、キャリアプラン、そして事務所の現状によって、最適な組織化の形は変わってきます。しかし、長期的な視点で見ると、経営統合による組織化には大きな利点があることは明らかです。
経営統合のメリットとしては、規模の経済を活かしたコスト削減、サービスの多様化、リスクの分散などが挙げられます。さらに、専門性の高い人材の確保や、最新技術への投資が可能になるという点も重要です。これらの要素は、激しく変化する税理士業界において、競争力を維持・向上させるために不可欠です。
ただし、組織化、特に経営統合は一朝一夕には実現できません。戦略的かつ段階的な検討が必要です。5年後、10年後のビジョンを明確にし、そこから逆算して準備を進めることが重要です。この過程では、自身の事務所の強みと弱み、市場環境、そして統合先候補との相性など、多角的な分析が求められます。
税理士事務所の所長は、自身のキャリアプランと事務所の将来像を慎重に検討し、最適な組織化の方法を選択することが求められます。これは単に事務所の存続や発展のためだけでなく、顧客へのより良いサービス提供、従業員のキャリア発展、そして税理士業界全体の健全な発展にもつながる重要な決断です。
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