税理士事務所の後継者問題とM&Aという選択肢
- 小杉 啓太

- 8月26日
- 読了時間: 6分
全国の税理士事務所で、「後継者」問題がますます深刻になっています。税理士という職業は、長年にわたって顧問先と信頼関係を築き、地域や業界の発展に寄与してきました。
しかし近年、事務所を継ぐ「後継者」が見つからない、あるいは候補はいるが本当に任せられるのか不安、といった声が急増しています。税理士事務所は、所長の存在そのものが看板でもあります。そのため、引き継ぎのタイミングや方法を誤ると、一気に顧問先との関係が揺らいでしまうこともあります。とくに、所長が急な病気や事故で引退を余儀なくされるケースでは、顧問先にも職員にも大きな混乱が生じます。
本記事では、税理士事務所の「後継者」の育成や選び方の現実、承継準備を後回しにしてしまう心理的背景、そしてM&Aという新たな選択肢について解説します。税理士の皆さまが、自分の事務所の将来像を描く際の参考になれば幸いです。
以前は、税理士事務所の後継者といえば、息子や娘といった親族が自然にバトンを受け取るケースが多く見られました。地域密着型の税理士事務所では、所長と顧問先との関係性をそのまま家族が引き継ぐことで、信頼関係や事務所文化が維持されやすいという利点もありました。
しかし、近年はこの親族内承継が大きく減少しています。背景には、子どもがそもそも税理士を目指さない、別の業界に就職する、税理士資格取得のハードルが高い、あるいは都市部への移住を希望するなど、多様な事情があります。
こうした中、税理士事務所の所長が頼れるのは、外部からの採用による後継者候補の獲得です。しかし有資格者は全国的に不足しており、特に経験豊富で顧問先対応やマネジメントができる人材は限られています。採用市場は大きな争奪戦となっており、大手の税理士法人であっても優秀な人材を確保するのは容易ではありません。人件費や待遇面でも高い条件を提示しなければ競争に勝てず、採用後も定着させるためには業務環境や将来のキャリアパス設計が欠かせません。
そこで出てくるのが、事務所で働きながら時間をかけて後継者候補を育てるという方法です。まだ資格を持っていない職員に実務を通して税理士としての基礎を学んでもらい、数年かけて税理士試験に合格してもらう流れです。これは顧問先との接点や事務所の方針を自然に理解してもらえる利点がありますが、現実的には簡単ではありません。勤務と勉強の両立は大きな負担です。途中で受験を断念する人も少なくなく、たとえ合格しても経営者としての資質や所長としての責任感を備えているとは限りません。
税理士資格を持つ人が事務所に在籍している場合、一見すると「後継者問題は解決した」と思いたくなりますが、税理士資格があることと経営できることは別の話です。税務・会計の知識はあくまで基礎であり、後継者に求められるのはそれ以上の多岐にわたる能力です。顧問先との関係維持や新規開拓のための営業力、事務所全体をまとめるリーダーシップ、経営方針を策定・実行するマネジメント力、そして職員や顧問先との円滑なコミュニケーション能力が欠かせません。
たとえ「この人に任せたい」と思える税理士資格者がいても、独立志向が強く、自ら事務所を立ち上げる可能性もあります。独立は税理士にとって自然なキャリア選択肢であり、事前に本人の将来像をすり合わせておくことが重要です。一度独立した後に再び経営を引き継いでもらいたいと考えても、その時の本人の状況や心境、経済的条件によっては実現できないこともあります。
さらに、後継者を誤って選んでしまうと、顧問先の離脱や職員の退職、事務所ブランドの価値低下など、取り返しのつかない事態を招く恐れがあります。こうしたリスクを避けるためには、候補者の経歴や実績だけでなく、人間性や経営マインド、価値観の一致度まで含めた慎重かつ客観的な見極めが不可欠です。
多くの税理士所長が承継準備を後回しにしてしまうのは、いくつかの心理的理由があります。例えば、まだ学生である子どもが「将来は税理士を目指すかも」と言うと、その淡い期待を捨てきれず、現実的な計画を立てないことがあります。親としての期待や情に流され、確定的な進路が見えないまま数年が過ぎてしまうケースは珍しくありません。
また、健康状態が良好で業績も安定していると危機感が生まれにくく、「後継者がいない」という事実から目を背けてしまいます。長年培ってきた顧問先との信頼や職員との関係が日常的に安定していると、「まだ大丈夫」という意識が強くなり、承継準備の優先度はどうしても下がります。
さらに、承継の話題が顧問先や職員に不安を与えるのではという懸念から、あえて話題にしない場合もあります。「所長が引退するらしい」という噂が広まれば、顧問先の解約や職員の離職につながるリスクを恐れるのは自然なことです。そして、そもそも誰に相談すればよいかわからないという問題もあります。税理士事務所の事業承継は経営や家族事情と深く関わるため、第三者に安易に打ち明けられないことが先送りの要因になっています。
近年、税理士事務所の事業承継ではM&Aの活用が増えています。製造業やIT企業の大型買収をイメージしがちですが、中小規模の税理士事務所でも実例は増加傾向にあり、後継者不在の有力な解決策として注目されています。
M&Aの最大のメリットは、顧問先や職員を守りながら事務所を存続できる点にあります。後継者育成に長い時間を要さず、所長の意向や条件に合わせた引き継ぎが可能です。さらに、譲受側の事務所や相手側の税理士の経営資源やノウハウを活用することで、業務効率化やサービス拡充など事務所の成長を実現できるケースもあります。
誤解されやすい点として、「M&Aをするとすぐ引退しなければならない」「残るとただのサラリーマンになる」といったものがありますが、それは誤解です。実際には合意条件次第で数年間残ることも可能です。その間、所長としての経験や人脈を活かし、円滑な統合や顧問先の信頼維持に貢献できます。
ただし、譲渡条件や企業文化の相性、統合作業(PMI)の進め方は事前に入念な確認が必要です。適切な専門家のサポートを得ることで、M&Aは引退や撤退だけでなく、事務所の発展戦略の一つとして活用できます。
税理士事務所の後継者問題は、多くの所長が直面する避けて通れない課題です。後継者を育てる方法もありますが、資格取得や経営資質の習得には時間と不確実性が伴います。承継準備を先送りすれば、所長の健康上の急変や市場環境の悪化により、事務所経営そのものが不安定になる可能性があります。
その中でM&Aは、後継者不在という現実に向き合いながら、顧問先や職員を守るための有力な選択肢です。特に、所長が元気なうちに動くことで、条件交渉の幅が広がり、理想に近い形で承継を進められます。
KACHIELでは、会計事務所・税理士法人専門のM&A支援を行い、後継者問題の解決だけでなく事務所価値の最大化をサポートしています。「後継者がいない」「誰に相談すべきかわからない」という方は、まずお気軽にご相談ください。早めの行動こそが、税理士事務所の未来を守る第一歩です。





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