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税理士事務所の承継で起こりやすい“判断のズレ”とは

  • 執筆者の写真: 小杉 啓太
    小杉 啓太
  • 5月1日
  • 読了時間: 7分


 税理士事務所の承継は、特別な一部の税理士だけの話ではありません。売上が安定していて、体力にも大きな不安がなく、職員も育っている時期ほど、かえって先送りになりやすいテーマです。ですが、何も決めないまま時間が過ぎると、ある日突然、選択肢が大きく狭まります


 税理士事務所の承継を考えるうえで大切なのは、「いつか考える」ではなく、「今の状態で何を選べるか」を整理しておくことです。体調、職員、顧問先、家庭の事情は、ある日を境に一気に変わることがあります。そのときになって慌てて動くと、条件や相手を落ち着いて比べる余裕がなくなります。



 何も決めていない状態は、一見すると現状維持に見えます。実際には、流れに任せているのと同じです。体調の変化があれば、これまで通りの働き方が難しくなりますし、中心となる職員が退職を考えれば、税理士事務所の安定性は一気に揺らぎます。


 顧問先の状況も同じです。長年支えてくれた顧問先が高齢化し、廃業や規模縮小が続けば、売上は少しずつ下がっていきます。大きな変化ではないため見過ごしやすいのですが、税理士事務所の承継を考える段階になると、その差は数字にはっきり表れます


 つまり、何も決めていないまま時間が過ぎると、「まだ大丈夫」のつもりでいたのに、いざ動こうとしたときには「急いでまとめるしかない」状況になりやすいのです。急ぐということは、条件を選ぶ余地が小さくなるということでもあります。



 税理士事務所の承継を考えるとき、多くの所長が無意識に持っている前提があります。それは、「自分の事務所は他とは違う」という感覚です。長年築いてきた顧問先との関係、紹介で広がったつながり、職員との信頼関係は、確かに数字に表れにくい価値です。


 ただし、税理士事務所の承継の場面では、その価値がどう見えるかは引き継ぐ側の税理士次第です。所長本人にとっては大きな強みでも、引き継ぐ側の税理士から見ると「特定の人に依存していないか」「将来も安定して続けられるか」といった点が気になります。


 ここで起きやすいのが、過大評価と過小評価の両方です。自分では高く評価されるはずだと思っていても、実際には引き継ぎにくい要素が多く、想定より条件が伸びないことがあります。反対に、小規模だから評価されないと思っていても、顧問先の構成や職員体制が整っていれば、十分に魅力がある事務所として見られることもありま 。


 大切なのは、誇りを持つことと客観的に見ることを分けないことです。自分の事務所がどう見られるかを一度整理しておくと、後で話が進んだときにも納得感を持ちやすくなります。



 税理士事務所の承継の話になると、どうしても最初に気になるのは譲渡価格です。これまで積み上げてきた事務所ですから、できるだけ高く評価してほしいと思うのは自然なことです。しかし、数字だけで判断してしまうと、後で違和感が残ることがあります。


 たとえば、同じような金額に見えても、支払いの方法や時期、所長がどの程度関与し続けるかによって、実際の意味は大きく変わります。数字が高く見えても、自分の望む働き方や生活と合わないことがあります。逆に、金額が少し低くても、早くまとまり、職員や顧問先への配慮が丁寧な提案のほうが、結果的に負担が少ない場合もあります。


 また、周囲の事例に引っ張られすぎるのも注意が必要です。「あの先生はこれくらいで進んだ」という話を聞くと、自分も同じはずだと思いたくなります。しかし、事務所の規模、顧問先の構成、地域性、時期が違えば、条件も変わります。


 税理士事務所の承継では、まず自分が何を優先したいのかを決めておくことが重要です。早くまとめたいのか、関与を続けたいのか、職員の雇用を守りたいのか。軸が決まっていれば、提示された条件を冷静に比べることができます。



 税理士事務所の所長が承継を考えるとき、見落としやすいのが職員との温度差です。所長にとっては何年もかけて考えてきた話でも、職員にとっては、その日が初めて聞く内容かもしれません。ここに大きな差があります。


 職員にとって税理士事務所の承継は、単なる経営判断ではありません。自分の雇用、働き方、将来の生活に直結する問題です。給与はどうなるのか、役割は変わるのか、辞めずに働けるのか。そうした不安が先に立つのは当然です。


 説明が遅れると、不安は想像で膨らみます。「事務所を畳むのではないか」「自分は残れないのではないか」といった憶測が広がると、あとから丁寧に説明しても、最初の不安を完全に消すのは難しくなります。


 もちろん、すべてを早く公開すればよいわけではありません。交渉段階の細かい条件まで伝えると、かえって混乱を招くこともあります。大切なのは、伝える時期と範囲を考えることです。決まってから初めて知らせるのではなく、方向性だけでも早めに共有しておくと、職員も心構えを持ちやすくなります。



 税理士事務所には、外から見えにくいピークがあります。売上が伸び、顧問先が安定し、職員体制も整い、紹介も自然に入ってくる時期です。忙しいながらも、手応えを感じられるタイミングと言えるでしょう。


 ただし、そのピークと所長自身の引退時期は、必ずしも一致しません。税理士事務所の状態は少しずつ変わります。主力顧問先への依存度が高まったり、新規の紹介が減ったり、若手職員の採用が止まったりしても、日々の業務が回っていると、危機感は持ちにくいものです。


 こで重要なのは、「まだ問題が起きていない」ことと、「今が最適なタイミング」であることは別だという点です。事務所の状態が良いときほど、選べる相手や条件は広がります。体制が整い、顧問先のバランスもよく、職員が安定している段階は、引き継ぐ側の税理士から見ても魅力があります。


 だからこそ、限界まで続けてから考えるのではなく、事務所が評価されやすい時期に一度整理することが大切です。「いつまで働けるか」ではなく、「いつの状態が一番良いか」という視点を持つだけでも、判断は変わります。



 税理士事務所の承継がうまくいく所長に共通しているのは、先に自分の軸を決めていることです。いくらで譲渡できるか、どんな相手がいるかといった外の条件より前に、自分はどうしたいのかを整理しています。


 何歳頃まで現役でいたいのか。引き継いだ後、どれくらい関わりたいのか。職員の雇用をどこまで重視するのか。こうした点が曖昧なままだと、承継候補先の税理士からの提案に振り回されやすくなります。逆に、軸がはっきりしていれば、条件の良し悪しを冷静に見られます


 また、事務所の現状を数字と構造の両方で把握していることも大切です。売上の内訳、顧問先の年齢構成、職員の役割分担を見直しておくと、強みと弱みが整理されます。そうしておくことで、承継候補先の税理士との話し合いも具体的になり、誤解が減ります。


 税理士事務所の承継は、単なる終わり方ではありません。長年の経営を、どの形で次につなぐかを考える作業です。だからこそ、問題が起きてから動くのではなく、余裕のあるうちに将来の選択肢を整理しておくことが、結果として後悔を減らします。



 「まだ考えていない」という状態は、今が順調だからこそ成り立っています。だからこそ、その順調さが続いているうちに、一度立ち止まって考える意味があります。体調、職員、顧問先、家庭の事情は、どれか一つが動くだけで、将来の形を大きく変えます。


 税理士事務所の承継の準備とは、特別な手続きをたくさんすることではありません。自分の事務所をどう見ているのか、何を守りたいのか、どの方向に進みたいのかを一度言葉にしてみることです。その作業があるだけで、いざ動くときの迷いはかなり小さくなります。

 

 税理士事務所の承継には、派手な近道はありません。ただ、準備をしているかどうかで結果は大きく変わります。何も決めないまま流されるのか、余裕のあるうちに自分で選ぶのか。その差が、数年後の安心につながります。


 税理士事務所の承継は、税理士として長年積み上げてきた信頼を次につなぐための大切な準備です。所長が早い段階で方向性を整理しておくことで、事務所の将来を自分の意思で選びやすくなります。



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