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税理士事務所の“価値”は何で決まる? 譲渡前に知るべき評価の視点

  • 執筆者の写真: 菅原 良平
    菅原 良平
  • 5月12日
  • 読了時間: 6分

 税理士事務所の所長が、自分の事務所の「価値」について真剣に考える場面は、意外と少ないかもしれません。日々の業務に追われ、顧問先や職員の対応に時間を取られていると、「この税理士事務所はいくらの価値があるのか?」と立ち止まって考える余裕はなかなかありません。


しかし、いずれ訪れる引退や事業承継の場面を考えたとき、税理士事務所の価値を客観的に把握しておくことは非常に重要です。特に、第三者への譲渡、いわゆるM&Aを視野に入れる場合、「買い手が見る価値」と「売り手が思う価値」の間にギャップが生まれやすく、その差がスムーズな承継を妨げる原因にもなります。


本記事では、税理士事務所の価値が何によって決まるのか、譲渡前に知っておくべき4つの視点について解説します。税理士の先生方が実感を持って読み進められるよう、実務に沿った目線でお届けします。


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1.税理士事務所の価値は「売上」だけでは決まらない


 税理士事務所のM&Aに関してよく言われるのが「売上の1年分が相場」という話です。例えば、年間売上が4,000万円の税理士事務所であれば、譲渡価格も同じく4,000万円程度になると考えるのが一般的です。


しかし実際には、売上だけを基準にして税理士事務所の価値を判断することはできません。同じ4,000万円の売上でも、年間利益が1,500万円残る事務所と、利益がほとんど出ていない事務所では、買い手にとっての魅力がまったく異なります。


M&Aにおいては、利益率の高い税理士事務所や、経費の構造が健全な事務所ほど高評価を受ける傾向にあります。たとえば、売上に占める人件費の割合が高すぎる場合や、代表税理士自身の報酬が突出して高く、実質的な収益が残っていないといった構造的な問題があると、買い手からは「改善の余地が少ない」と見られてしまいます。


また、売上の安定性も重要な評価ポイントです。新規のスポット案件が多くを占めていたり、年によって収益が大きく変動していたりする場合、「この収益は譲渡後も続くのか?」という不安を抱かれ、評価は下がりやすくなります。特に、法人の月次顧問料と比較して、確定申告や相続申告など単発案件の比重が高い税理士事務所は、その分継続性の評価が難しくなります。


つまり、税理士事務所のM&Aおいて「税理士事務所の価値=売上」ではなく、「安定した利益が継続して見込めるか」が本当の意味での価値として見られるのです。


2.「顧問先の質」と「継続性」が価値を左右する


 税理士事務所の価値を測るうえで欠かせないのが「顧問先の質」と「継続性」です。買い手がM&Aに踏み切る際に最も気にするのが、「顧問契約が譲渡後も続くかどうか」です。


例えば、顧問先の多くが長年契約している優良法人で、毎月の顧問料が安定して回収できている場合、それは非常に高く評価されます。一方、個人顧問が多く、契約期間が短かったり、所長との個人的なつながりだけで契約が維持されていたりする場合、譲渡後の継続性が不透明になり、評価は下がります。


また、顧問料の単価、業種の偏り、税務調査やトラブルの有無なども加味されます。特定業種に偏りすぎている場合、業界動向によって一気に売上が下がるリスクがあるため、分散されている税理士事務所のほうが評価されやすい傾向にあります。加えて、解約率の低さも顧問先の質を判断する指標になります。過去1〜2年での顧問契約数の増減推移、売上比率の推移など、一定期間のデータからも継続性の高さが見えてきます。


つまり、「何社あるか」よりも、「どんな顧問先が、どのような形で継続しているか」が価値の判断材料になるということです。


3.職員体制と属人性の低さが評価の鍵


 税理士事務所のM&Aでしばしば問題になるのが「所長の属人性」です。つまり、所長がすべての顧問先に関与していたり、業務のほとんどを所長自身が担っていたりする場合、譲渡後に業務が回らなくなるリスクが非常に高いとみなされます。


そのため、職員が安定的に在籍し、顧問先との関係構築ができているかどうかが大きな評価ポイントとなります。特に、巡回担当者がしっかりと顧問先をグリップしており、職員同士の連携もスムーズである税理士事務所は、買い手にとって非常に魅力的です。


また、担当者別の業務フローが整備されているか、マニュアル化されているか、引き継ぎに必要な情報が共有されているかなども見られます。属人化が進んでいると、引き継ぎ時にトラブルが生じやすく、価値は下がってしまいます。


さらに、税理士有資格者が何名いるかも一つの要素です。代表以外にも税理士が在籍している税理士事務所の場合、継続性は一段と高く評価されます。今後の拡大や法人化を見据えて、有資格者の存在は極めて重要といえます。


4.M&Aの視点~買い手視点の“見えない価値”とは~


 帳簿には現れない「見えない価値」も、M&Aでは重要な評価軸です。たとえば、

以下のような点が実は買い手にとって大きな判断材料になります。

これらはすべて、「譲渡後もトラブルなく税理士事務所の運営が続けられるかどうか」に関わってきます。さらに、所長が引退せず、一定期間残って業務をサポートしてくれるという前提がある場合、評価額は高くなります。逆に、「譲ったらすぐに引退します」という場合、引き継ぎリスクが高まり、買い手としては慎重にならざるを得ません。


つまり、税理士事務所のM&Aにおいては、数字よりも「引き継ぎやすさ」こそが最大の価値となるのです。


5.まとめ


 税理士事務所を譲渡する場合、単なる売上や利益だけでは評価されません。大切なのは、買い手が「この税理士事務所を引き継いだあと、問題なく運営できるかどうか」という視点で見ているということです。そのためには、属人性の排除、職員体制の強化、業務のマニュアル化、顧問先との安定した関係性の構築など、日々の業務の中でできることをコツコツ積み重ねていく必要があります。また、M&Aを前提にしていなくても、こうした改善は税理士事務所の運営の質を高め、結果として「高く売れる税理士事務所」を自然に作っていくことにもつながります。


税理士事務所の価値を高めることは、所長自身の将来の選択肢を広げることでもあります。「引退直前に慌てる」のではなく、「数年先を見据えて今から準備する」ことが、理想的なM&Aや円滑な事業承継への第一歩となります。まずは、現状を正しく把握することから始めましょう。財務内容、職員構成、業務フロー、顧問先との関係など、自事務所の内部環境を洗い出し、改善の余地がある部分を一つひとつ整理していくことが、価値向上の第一歩となります。


税理士事務所の価値は単に「売れるかどうか」ではなく、「誰に、どのように引き継いでもらうか」によっても大きく変わってきます。買い手との相性や、引き継ぎ後の文化の継続など、定量化しにくい要素も譲渡成功のカギになります。そして、M&Aは、所長にとって“引退”ではなく“新たな出発点”にもなります。重要なのは、「どう終えるか」ではなく、「どのようにバトンを渡すか」です。


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