税理士法人の解散時における持分払戻しの法的構造と税務上の留意点
- 小杉 啓太

- 1月16日
- 読了時間: 6分
税理士法人などの士業法人は、会社法上の「持分会社」(具体的には合名会社の規定を準用)として位置づけられており、その組織運営や清算は会社法と税理士法の双方によって規律されています。税理士法人が解散する場合、社員税理士への財産の分配は会社法に基づき、定款または社員税理士全員の同意によって決定することができます。この分配が、いわゆる「持分払戻し」にあたります。
この持分払戻しは、単なる預金や出資金の返還ではなく、法人が保有する純資産の中にある残余財産を、各社員税理士の出資持分割合に応じて清算するという性質を持っています。したがって、算定の基礎となる「財産の現況」は、解散時点の純資産価額(資産から負債を控除した金額)で評価するのが原則です。会社法では、退社時の払戻についても同様の趣旨を定めており、解散という法人の終期においてもこれを準用することが妥当とされています。
実務上、論点となるのは評価対象に含める範囲です。現預金・有価証券・固定資産といった明確な資産は算定が容易ですが、税理士法人などの士業法人の場合、経営実態の中に「営業権」「顧客継続期待」「ノウハウ」など、無形で測定困難な要素が多く存在します。会計上、営業権を資産計上していない場合は、解散時評価に営業権を含めることは基本的にありません。なぜなら、法人としての業務継続主体が解散により消滅し、顧客との契約関係が終了するからです。
ただし、実際には清算過程で業務を別法人が引き継ぐケースもあります。その場合、旧法人の営業的価値が新法人に移転したと国税当局が認定するおそれがあり、いわば「営業権の譲渡」とみなされる可能性があるため注意が必要です。持分払戻しの金額が過大となり、清算分配の一部がみなし配当課税や法人税課税の対象になることもあります。したがって、定款や清算手続の段階から「払戻しの基準となる資産範囲」や「処分の方法」を明確に定めておくことが、後日の税務争点を避けるうえで非常に重要です。
税理士法人の社員税理士が脱退・死亡・解散等により持分評価を行う際には、原則として純資産価額方式により評価します。これは、評価基準日時点(解散日や相続日)における資産を時価で評価し、そこから債務を差し引いた金額を基礎として、それぞれの社員の出資割合に応じて配分する方法です。所得税法・相続税法・法人税法のいずれにおいても、この方式が評価の原則として確立しています。
相続が発生した場合、被相続人の持分は「出資持分の払戻請求権」として相続財産に計上されます。通達上、払戻金額が定款で具体的に定められていない場合には、実際の純資産価額に応じて計算しなければなりません。したがって、税理士法人など士業法人の定款を作成する際には、払戻基準を明確にしておくことが望ましいといえます。
特に問題となるのは、法人が債務超過である場合の取扱いです。無限責任社員については、その債務超過額のうち自己が最終的に負担すべき部分を相続財産から「債務控除」として除外できます。ただし、単なる帳簿上の赤字ではなく、現実の債務負担が確実であると立証できなければなりません。一方、有限責任社員の場合は、債務超過であっても責任が限定されているため、控除は認められず、結果として持分の評価額が「ゼロになるだけ」とされます。
会計上・税務上の評価を行う際には、帳簿残高を基準にするのではなく、解散前に土地や証券など主要資産の時価評価を行い、含み益・含み損を反映させる必要があります。また、内部留保や退職給付引当金など、未実現項目をどのように扱うかも注意が必要です。実務では、特に所長(代表社員税理士)の退職金が計上されるケースでは、清算時の純資産価額を大きく左右するため、評価時点の支給可否・支給予定を明示して判断することが求められます。
税理士法人の社員税理士は、無限責任を負う立場にあります。そのため、社員税理士が死亡した場合や解散時には、法人債務についてその社員税理士または相続人が弁済責任を負う可能性があります。国税庁の質疑応答事例によると、「無限責任社員が死亡し、法人債務のうち完済不能な部分の責任を負うことが確実な場合には、その債務超過相当額を相続財産から控除できる」とされています。
この「確実であること」の立証が、最大の実務課題です。認められるためには、法人の経営が行き詰まり、資金繰りに破綻していること、債権者が直接社員に返済を求めていること、具体的な債務返済見込みがないことなど、複数の事実を積み重ねて提示する必要があります。単に決算書上で債務超過であるだけでは認められません。
必要な立証資料としては、(1)金融機関との返済協議や債務残高の証明書、(2)社員個人の保証契約書、(3)経営状況報告書・キャッシュフロー計画、などが基本になります。国税の現場担当者の間では、「オーナー貸付金を相続財産に含めなくてよいと認められるレベルのエビデンスが必要」といわれるほど、厳格な証明が求められます。
また、債務控除が認められた場合でも、その金額は当該社員税理士個人に帰属する債務の範囲に限定され、他の社員税理士の負担部分まで含めることはできません。加えて、相続開始後に会社が債務整理により免除を受けた場合には、相続人側に債務免除益が発生し所得税課税を受ける可能性もあります。
税理士法人の最大の特徴は、内部留保が積み上がりやすい一方で、解散時にはその内部留保が純資産価額として社員税理士に帰属し、高額な評価・課税を生じやすいことです。法人内部に利益をためておくと、清算時にその分が課税対象となるため、税理士法人の設立段階から「利益を法人内に残さない」方針を取ることが重要です。具体的には、業績に応じて社員報酬や外注費として早期に還流させ、内部留保を最小化する設計が有効です。
税理士法人の承継の方法としては、「持分譲渡」「合併」「事業譲渡」などがあります。中でも合併は手続きが煩雑で、評価誤りや社員税理士の同意不足により失敗する事例が多く、注意が必要です。持分譲渡は比較的柔軟に実施できますが、譲渡益課税が発生します。事業譲渡方式は、顧問契約の承継を中心とした手法で、対価を「年間顧問料1年分」程度と設定するのが通例です。この場合、法人税・消費税の課税関係に加え、引継職員の雇用契約や備品の賃貸借関係も整理する必要があります。
また、突然の所長(代表社員税理士)死亡など緊急時に備えて、顧問報酬の受け皿となる「会計法人」を設立しておくことが肝要です。これにより、個人事務所の業務を法人が引き継ぎ、税理士法人の解散や死亡に伴う混乱を最小限に抑えることができます。
税理士法人などの士業法人の出口戦略は、設立時の定款設計からすでに始まっています。払戻し・清算・相続税評価という終局局面は、税務・民法・会社法が交錯するリスク領域です。したがって、経営段階から「解散時の純資産価額をどうコントロールするか」を見据えてキャッシュ・フロー計画を立てることが、円滑な承継と適正な課税対応につながるのです。




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