支店成りの手続き ~第三者の税理士法人との経営統合~
- 大竹 邦明

- 7月22日
- 読了時間: 11分
1.支店成りとは?
「支店成り」とは、個人事業主として税理士事務所を営んできた所長が、第三者の税理士法人と経営統合を行い、その一部門として加わる形を指します。より正確に言えば、譲渡側の税理士事務所が、譲受側の税理士法人の「支店」として再スタートを切るということです。
この支店成りは、弊社が支援しているM&Aの中でも最も件数が多いパターンです。特に、現在は税理士一人体制で事務所を運営している所長が、今後の経営継続に悩みながらも、完全な引退ではなく現役を続けたいと考えるケースでよく選ばれています。
たとえば以下のようなお悩みを持つ税理士の方々から、よくご相談をいただきます。
「売上はすべて税理士法人のものになってしまうのか?」
「私自身の所得はどうなるのだろうか?」
「今の事務所名は残るのか?」
これらの疑問に共通するのは、支店成りに対する“イメージのしづらさ”です。長年、個人で自由に経営してきた税理士にとって、「他法人の支店になる」というのは、感覚的に理解しづらい部分があるのも当然です。
実際には、支店成りとは、税理士法人と一体になることを意味します。譲渡後は、旧来の事務所の決算書は存在せず、税理士法人の一事業所として処理されるようになります。また、売上も法人全体のものとして扱われ、報酬は役員報酬または給与という形で支払われます。
譲渡後も「社員税理士」として残る場合 → 毎月の役員報酬が設定されます
「所属税理士」として勤務する場合 → 給与所得として支給されます
事務所名についても、完全に消えるわけではありません。支店成りの後は「○○税理士法人 ○○支店」として、従来の地名や名称が残る形で運営されるのが一般的です。これは、顧問先や職員の安心感にもつながります。
最近では、後継者不在や採用難といった将来的なリスクを見越し、50代のうちから支店成りを検討される税理士も増えています。「自分が元気なうちに、信頼できるパートナー法人と組んでおきたい」「いきなり退職・引退するよりも、段階的に引き継ぎたい」といった前向きな経営判断としての支店成りも増加傾向にあります。
2.支店成りする前の準備
支店成りという大きな転換点をスムーズに乗り越えるためには、事前準備が非常に重要です。思いつきや勢いで支店成りを進めてしまうと、後々のトラブルにつながりかねません。
支店成り前の準備で特に重要なのは、以下の4つの観点です。
①所長自身の待遇と役割
支店成り後の最大の変化は、所長自身の所得の構造です。
これまでのように、売上から経費を差し引いた残りの営業利益=自分の所得、というシンプルな形ではなくなります。税理士法人の一員となることで、組織全体での会計処理が行われ、一定の役員報酬や給与があらかじめ設定されるようになります。
たとえば、営業利益の一部は将来の採用や設備投資のために法人に留保する必要があります。よって、「今までと同じ売上があれば、同じだけ所得が残るはず」と考えていると、ギャップを感じることもあるでしょう。
だからこそ、支店成りをする前には、以下のようなことを事前に取り決めておく必要があります。
社員税理士として役員になるのか、所属税理士として勤務するのか
担う責任範囲(人事権、契約権限、採用関与など)
報酬額や支払い方法(定額か業績連動か)
これらの待遇は、相手法人との信頼関係を築く意味でも、曖昧にせず、きちんと文書で合意しておくことが大切です。
②職員の待遇と雇用条件
税理士事務所を支えているのは、何よりも優秀な職員の存在です。支店成りによって、彼らの不安や不満が募ってしまっては、経営統合の意味がありません。
職員の離脱を防ぐためにも、雇用条件や就業環境の変化は最小限に抑えるべきです。具体的には、以下の項目についての調整が必要です。
就業規則の変更(勤務時間・休日など)
給与体系や評価制度の統一
退職金規定の確認
労働契約の更新や補足説明
多くの税理士法人では、自法人のルールをベースに進めようとする傾向がありますが、それが一方的すぎると、職員の反発を招きかねません。
理想的なのは、社労士などの専門家を交えて、両事務所の条件をすり合わせ、「なるべく今と変わらない」形に落とし込むことです。「変えることが前提」ではなく、「変えない努力を前提」に進めるのが、職員の安心にもつながります。
③顧問先との契約など
支店成りを行う際、意外と見落とされがちなのが「顧問先との契約」の扱いです。
もちろん、税理士事務所としてのサービス内容や対応する税理士、担当職員が変わらなければ、顧問契約の継続性に問題はないと感じる方が多いでしょう。実際、これまで通りの顔ぶれで対応し続ける限り、顧問先から契約解除されるリスクは高くありません。
しかし、実務上は次のような点について整理・調整が必要となります。
まず「顧問契約書」や「業務委託契約書」です。個人の税理士事務所であれば、契約名義は所長個人の名前になっているケースが大半ですが、支店成り後は「○○税理士法人」となり、法人としての契約に移行することが求められます。契約主体の変更に伴い、業務内容の確認や支払条件の明文化が必要になることもあります。
また、報酬の入金方法として「収納代行サービス」や「自動引き落とし」を利用している場合も注意が必要です。口座名義が個人から法人へと変更になるため、収納代行会社との契約更新や新規契約手続きが発生することもあります。
これらの手続きは、スムーズに進めるにはある程度の期間が必要です。支店成りの直前・直後では時間に追われ、かえって顧問先にも手間や不信感を与える可能性があります。できれば、支店成り前の準備段階で、税理士法人側と事前に方針をすり合わせておくことをおすすめします。
特に、契約名義変更や口座の変更にあたっては、顧問先への説明資料や文面の準備も重要です。支店成りの背景やメリットをきちんと説明し、所長や職員が引き続き対応することを丁寧に伝えることで、顧問先にとっても安心感のある移行が可能となります。
④事務所運営に関するすり合わせ
支店成りによって変わるのは、名義や報酬だけではありません。日々の事務所運営に関する実務面でも、さまざまな調整が必要となります。
たとえば以下のようなポイントです。
会議体への参加:本部や他支店の所長・社員税理士が集まる定例会議や戦略ミーティングに、支店所長として参加する頻度や役割
経費の取り扱い:これまで自由に判断していた交際費や備品購入費が、法人全体のルールに基づいて処理されるようになる可能性
支店口座の有無:各支店に専用の預金口座を持たせるのか、それとも本部口座に一括入金させるのか
社内ツール:チャットや勤怠管理システム、クラウド型の会計・申告ソフトの利用方法、IDの管理方法など
業務の進捗管理やファイル共有のルール:チーム全体での進捗確認やチェック体制の構築
このような事務所運営の細かい部分も、あらかじめ譲受側の税理士法人とすり合わせておくことで、支店成り後の混乱や業務停滞を防ぐことができます。
税理士法人側も、できる限り譲渡側のやり方を尊重しながら、法人全体としての効率やガバナンスの観点を持ちつつ調整を行う必要があります。
特に、所長の不在時の対応体制や、今後新たな職員を採用した際の育成・評価体制なども視野に入れて話し合っておくことで、持続的な支店運営が可能になります。
3.支店成りの手続き
支店成りというと、手続きが複雑そうに思われがちですが、実際のところ、大きな障壁となるような作業は多くありません。実務上の流れはある程度定型化されており、必要な書類をそろえて粛々と進めることで、比較的スムーズに完了します。
まず、必要となるのは、税理士会への各種書類の提出です。これは、税理士法人に対する支店設置の申請、ならびに個人開業税理士の廃止届出などが中心です。税理士会によって書式や添付資料の細かな違いはありますが、標準的には次のような書類が必要になります。
税理士法人による支店設置申請書
所長が社員税理士または所属税理士として法人に所属する旨の登録変更申請書
登記簿謄本(税理士法人のものおよび支店設置後の変更登記)
税理士登録事項の変更届
個人開業税理士廃業届(必要に応じて)
支店成りにともなって、税理士個人としての事業は廃止することになりますので、税務署への「個人事業の廃業届出書」の提出も必要です。また、都道府県税事務所や市区町村役場への個人事業閉鎖に関する手続きも忘れずに行いましょう。
次に、法務局への登記です。税理士法人が新たな支店を設置する場合には、支店所在地・支店長氏名などを記載した「支店設置の登記」が必要になります。この登記には、設立時のような複雑な定款認証などは不要ですが、登録免許税や所定の申請書が必要になりますので、司法書士などの専門家に依頼するのが安心です。
そして、もし所長が税理士業務以外に行政書士業務や社会保険労務士業務など、他の士業登録も行っている場合は、その資格についても「支店成り」が必要かどうかを確認しましょう。
たとえば、行政書士登録を行っている場合、個人事務所の所在地が税理士事務所と同じであるケースが多く、税理士事務所の廃止にともなって登録住所も変更する必要が出てくることがあります。そのため、支店成りをきっかけに、他の資格についても同時に整理しておくとよいでしょう。
全体として、支店成りの「手続き」自体はそれほど難しくありませんが、抜け漏れを防ぐために、支店成りのスケジュールを立て、必要書類や提出先をリスト化しておくことが成功の鍵となります。
4.支店成り後の手続き
支店成りが完了し、税理士法人の一員として再スタートを切った後にも、いくつかの実務的な作業が残っています。それが「名義変更」や「口座変更」など、地味ながら非常に手間のかかる作業です。
支店成りにともなって、事務所に関する契約類の名義が「個人の税理士」から「○○税理士法人 ○○支店」に変わることになります。たとえば、次のような契約は名義変更の対象です。
賃貸借契約(事務所の賃貸契約書)
水道・電気・ガスといったライフライン契約
インターネット・電話回線契約
リース契約(コピー機、会計ソフトなど)
セキュリティシステムの契約
郵便・宅配ボックスの名義登録
これらの契約は、単純に法人名義に切り替えるだけでなく、場合によっては再契約や保証人の再設定が必要になることもあります。家主や契約会社によって対応方針が異なるため、事前に事情を説明し、支店成り後に速やかに手続きが進められるように段取りを整えておくと安心です。
また、収納代行サービスや売上入金に利用している「事務所口座」についても、法人名義の新たな口座を開設し、顧問先に入金先変更を通知する必要があります。この変更は、想像以上に時間がかかる点に注意が必要です。金融機関での法人口座開設手続きには数週間を要し、その後収納代行会社との契約変更や引落しテスト期間などを含めると、少なくとも3カ月程度はみておく必要があります。
さらに、会計ソフトや申告ソフトなどの業務ソフトにおいても、名義の変更やデータの統合処理が求められます。支店成り直後は、ソフトウェア提供会社とのやりとりが必要になり、旧データとの引継ぎやログインIDの整理、請求先の変更など、細かい対応が連続します。
こうした実務的な手続きの多くは、所長一人で対応しきれるものではありません。特に、顧問先への連絡、職員への業務フローの説明、新システムへの切替対応など、日常業務と並行して行うには負担が大きくなります。
そのため、支店成り後の運営を円滑に進めるには、職員の協力が不可欠です。できれば支店成り前の段階で、職員に対して「どういう業務の変化があるか」「誰が何を担当するのか」といった役割分担を明確にしておき、準備段階から一緒に進めていくのが理想です。
支店成りは、単なる名義変更ではありません。税理士法人の一員となる以上は、業務運営や内部統制の面でも一定のルールに則った対応が求められます。だからこそ、手続きそのものを煩わしいものと考えるのではなく、「新たな組織にスムーズにフィットするための重要な準備」と捉え、前向きに取り組むことが重要です。
5.まとめ
支店成りは、税理士にとって大きな転機となる選択です。これまで一人で経営してきた税理士事務所が、他の税理士法人と一体化し、新たな枠組みの中で事業を継続していくというのは、単なる手続きの問題ではなく、経営観や働き方そのものの再構築でもあります。
しかし、支店成りは引退を意味するわけではありません。むしろ、「自分の税理士としてのキャリアを、組織の中でより強く、より長く続けるための選択肢」として位置付けることができます。
特に現在は、50代の比較的若い世代の税理士が、支店成りを前向きに選ぶケースが増えています。後継者が不在であること、採用や育成の負担が年々重くなっていること、DX対応など個人では手が回らない課題が増えていること――これらを踏まえ、「仲間と組むこと」で事業継続のリスクを分散し、より安定した形での将来設計を描こうとする動きが広がっています。
もちろん、支店成りには煩雑な書類手続きや、人・組織への配慮も必要です。職員や顧問先との信頼関係、法人側との合意形成、システムや契約の名義変更など、細かい作業が山ほどあります。
だからこそ、支店成りを成功させるためには、「事前のすり合わせ」と「段取り」が鍵となります。
所長自身の役割や待遇をどうするのか
職員の雇用条件はどう変わるのか
顧問先への対応は誰がいつ行うのか
支店成り後に必要な契約変更・手続きの準備は整っているか
これらを一つひとつ丁寧に確認していけば、支店成りは必ずプラスの選択肢になります。
税理士という仕事は、信頼と継続が命です。支店成りはその信頼を守りながら、自分と事務所、そして職員や顧問先の将来をより良いものにするための、非常に有効な手段だといえるでしょう。





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