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引退の5年以上前にM&Aを進めるべき理由

  • 執筆者の写真: 大竹 邦明
    大竹 邦明
  • 7月8日
  • 読了時間: 7分

~税理士事務所の所長が「後悔しない引退」のために考えるべきこと~


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1.多くの所長が考えるM&Aの検討・実行時期


税理士事務所の承継をご相談いただく際、最もよく耳にするのが「まだ今じゃなくていいかな」「もう少し先でも大丈夫だと思っている」といったお声です。多くの所長が、引退時期の1年前、もしくは半年前になったらM&Aの準備をすれば良いと考えているようです。


しかしながら、実際にはそのような“直前対応”では、理想的なM&Aは実現できません。税理士事務所の経営者が、顧問先企業のM&Aと同じ感覚で自事務所の譲渡・承継を考えると、あとで痛い思いをすることが少なくありません。顧問先の企業なら、事業の状態や資産内容が比較的数値で可視化されており、売却側にとって「準備すること」はある程度明確です。しかし、税理士事務所自身のM&Aはそれとは大きく異なる性質を持っています。


特に注意すべきなのは、税理士事務所の価値は、所長の“個”に依存している部分が非常に大きいという点です。そのため、「ご自身が動けるうち」「売上や職員体制が安定しているうち」にこそ、計画的にM&Aを検討・実行すべきなのです。


理想的なスケジュールとしては、引退時期から逆算して少なくとも6年前には候補先を探し始め、5年前にはM&Aを実行しておくことが望ましいと考えられます。これは、個人事務所だけでなく、税理士法人など組織規模が大きめな場合にも該当します。むしろ法人形態のほうが内部調整に時間を要するケースが多いため、余裕を持ったスケジューリングが求められます。



2.5年以上前にM&Aを進めるべき理由


「引退の少し前でいいだろう」と考えている所長の皆様に、ぜひ知っておいていただきたい重要なポイントがあります。それは、「税理士事務所のM&Aでは、譲渡対価のほとんどが“雑所得”として課税される」という事実です。


「営業権に相当する部分は譲渡所得では?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、過去の裁判例などにおいては、個人税理士の顧問契約のように“人的な信用”に基づいて継続されている収入源は、営業権とはみなされず、譲渡所得ではなく雑所得扱いになるケースが大半です。


そのため、引退直前にM&Aを実行すると、同年に多額の雑所得が一括して計上されることになり、税負担が極めて重くなってしまいます。加えて、倒産防止共済(中小企業倒産防止共済制度)に加入している税理士事務所では、解約返戻金も譲渡と同年度に発生しやすく、これも益金として計上されます。結果的に、税理士でありながら、非常に税効率の悪い“引退準備”をしてしまうことになるのです。


また、税金だけが理由ではありません。5年以上前にM&Aを実行すべき最大の理由のひとつが、「人」と「顧問先」の高齢化です。


長年経営をされてきた税理士事務所の多くでは、所長と共に長く働いてきた職員も高齢化しています。職員が60歳を超えるような年齢になっている場合、譲渡先の税理士法人や別の事務所から雇用を継続するのが難しいと判断されるケースもあり得ます。せっかく譲渡の話がまとまりかけても、職員の引き継ぎがうまくいかず、結果としてM&Aそのものが破談になるリスクすらあるのです。


また、顧問先の経営者も高齢化しており、後継者がいないままに代替わりの時期を迎えていることが増えています。「跡継ぎがいない」「代替わりを機に顧問を外された」などの理由により、譲渡先からは「この顧問契約は将来性がない」と判断されてしまい、譲渡対価が思っていたよりも低くなる事態も起きています。


たとえば、M&Aの条件として「代表者が65歳以上かつ後継者が不在の会社の顧問契約は、譲渡対象外とする」といった除外条件がつくこともあります。そうなると、表面的には売上があるように見えても、その大部分が実質的には譲渡できない資産としてカウントされ、結果的に譲渡対価が大幅に減ってしまうのです。


このように、引退間際に駆け込みでM&Aを進めようとしても、「税金」「職員」「顧問先」の3点で大きなハードルが立ちはだかります。それらを回避し、かつ理想的な形でM&Aを成功させるためには、最低でも引退の5年前には実行しておくことが重要なのです。



3.引退の5年以上前にM&Aを実行するメリット


税理士事務所の所長が「まだ引退は先のこと」と感じている段階でも、M&Aを実行しておくことには、実は非常に多くのメリットがあります。ここでは、主に「税務上のメリット」「顧問先への影響」「職員の安定」の3つの観点からご説明します。


まず、税務面での最大の利点は、譲渡対価の受け取りを分散させられる点です。前述のとおり、税理士事務所のM&Aでは、譲渡対価の多くが雑所得として課税されることになります。この雑所得が、例えば倒産防止共済の解約返戻金と同年度に集中してしまうと、税負担は非常に大きくなります。


そこで、M&Aを引退の5年以上前に実行しておけば、その後に譲渡先の税理士法人などで報酬として数年にわたって受け取る仕組みを整えることが可能です。実際に、譲渡先の法人に5年1カ月以上在籍することで、報酬の一部を退職金に振り替えて受け取るなど、所得の分散が現実的になります。これにより、単年で高額な雑所得を受け取るのではなく、より税効率の高い方法で対価を受け取ることが可能になるのです。


次に、顧問先への影響という面でも、早めのM&Aは非常に効果的です。仮にM&Aを実行しても、所長が一定期間は引き続き事務所に在籍する形を取れば、顧問先にとっては「これまでと変わらない所長がいる」安心感があります。急に所長が変わるよりも、段階的に顔なじみの職員や所長が残っていることで、顧問契約の継続率は飛躍的に高くなります


顧問先は「どこの事務所か」よりも、「誰が見てくれているか」を重視する傾向があります。そのため、所長が一定期間残ることは、M&A後のスムーズな引き継ぎに直結します。こうした「ソフトランディング型のM&A」を実現するには、やはり数年単位の余裕が必要になります。


また、職員にとっても、突然の引退・M&A通達より、早期に情報共有された上での段階的な移行のほうが安心感を持てます。所長がいきなりいなくなり、全く知らない代表者の下で業務を始めるのは、特に長年勤務している職員にとっては大きな不安材料です。引退の5年以上前にM&Aを実行しておくことで、所長と一緒に新しい体制に慣れていく時間が持てます。


このように、早めのM&A実行には、「税」「顧客」「人材」という経営の根幹に関わる部分で多くのメリットがあります。むしろ、引退間際になってM&Aを始める方が、税理士事務所にとっても、譲渡先にとっても、そして職員や顧問先にとっても、不都合が生じる可能性が高くなるのです。



4.まとめ


税理士事務所の所長が「引退」を考えるとき、多くの方は「引退の直前にM&Aをすればいい」と捉えがちです。しかし、実際にはそれでは間に合わず、様々な面で“損をする”可能性が高まります。


M&Aは、単なる事務所の売却ではありません。長年築いてきた職員との信頼関係や、顧問先との人間関係、そして所長自身の今後の人生設計を含めた「承継のプロジェクト」です。これを成功させるためには、最低でも引退の5年以上前から準備を始め、計画的にM&Aを実行する必要があります。


M&Aの実行が早ければ早いほど、譲渡対価の受け取り方法に柔軟性を持たせることができます。税金面でも有利になり、引退後の資金計画も立てやすくなります。また、顧問先や職員への説明・引き継ぎもスムーズに進めることができ、誰にとっても納得のいく引退を実現することが可能です。


「まだ先」と思っていても、気づけば数年はあっという間に過ぎていきます。税理士として長年にわたり事務所を経営されてきた皆さまだからこそ、最後まで“戦略的に”将来を見据えて、後悔のないM&Aの実行を検討してみてはいかがでしょうか。



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