会計法人は売却できる?~買い手側のニーズと実情~
- 大竹 邦明
- 6 日前
- 読了時間: 6分

1.税理士事務所のM&Aにおける会計法人の役割
「税理士としての引退を見据えて、そろそろ事務所のM&Aを考えよう」とお感じになる所長は、近年ますます増えています。その中で、「会計法人」の扱いをどうするかは、多くの税理士にとって重要なテーマです。
税理士事務所を他の税理士に譲渡するM&Aの場面では、その譲渡対価の税務上の取り扱いが問題になります。多くのケースでは、「譲渡所得」としてではなく、「雑所得」として課税される可能性が高いのが現実です。これは、税理士事務所という事業体自体が、必ずしも法人ではなく個人の資格や顧客基盤に強く依存しているため、資産の譲渡というよりは、収入の一時的な増加とみなされるからです。
そのため、譲渡対価のすべてを税理士個人の雑所得として受け取るのではなく、一部を会計法人側に割り振ることで、より有利な税務処理を図りたいという希望を持つ税理士も少なくありません。たとえば、税理士個人が主宰する税理士事務所から会計業務を委託している会計法人を、法人ごと株式譲渡するというスキームです。これにより、株式譲渡による所得は「譲渡所得」として処理される可能性があり、場合によっては退職金としての受け取りも検討できるなど、税務面での工夫が可能となります。
ただし、ここで一つ問題があります。それは「そもそも会計法人はM&Aで売却できるのか?」という点です。会計法人がどのように扱われるのか、実務の現場ではどうなっているのかを見ていきましょう。
2.会計法人は売れるのか
結論から申し上げると、会計法人は売却が難しいのが実情です。理由はいくつかありますが、最も大きな要因は「買い手側にとってのメリットが少ない」という点に尽きます。
税理士事務所のM&Aの買い手となるのは、多くの場合が中規模から大規模の税理士法人です。これらの法人は、すでに自社内に会計法人やコンサルティング会社を保有しているケースが多く、事業目的も既存の法人と大きく重なっていることが一般的です。そのため、わざわざ重複する機能を持つ会計法人を「法人ごと買収」する必要がないという判断になります。
また、仮に会計法人を買収したとしても、実務上はさまざまな手続きが発生します。たとえば、顧問契約の引継ぎや、社員・職員の転籍処理、法人間の契約関係の整理、各種登録変更など、時間も手間もかかる対応が求められます。
さらに、税理士法人が複数の会計法人を保有することには管理面の煩雑さも伴います。税務申告、社会保険、給与計算、経理などをすべて別法人単位で対応する必要があり、統合後の経営効率を考えると、最終的には吸収合併や解散を視野に入れなければならないケースも少なくありません。
このように、買い手側の立場からすると、会計法人そのものを法人単位で買い取るメリットは乏しく、「会計法人も事業譲渡の形で引き継げば良いのではないか」と考える傾向があります。
実際、多くのM&Aでは、税理士事務所本体が事業譲渡となる場合には、それに付随する会計法人についても「法人ごと」ではなく、「事業ごと」の譲渡を希望されるケースが大半です。つまり、会計法人で行っていた記帳代行や年末調整などの業務を、そのまま買い手側の税理士法人内に吸収して引き継ぐ形が一般的なのです。
このような背景から、会計法人を株式譲渡という形で売却することは、現実的にはかなり難易度が高いといえます。売却を目指す税理士にとっては、計画的な準備と売却の戦略が必要となる分野です。
3.会計法人が売れない場合の対応
前章でお伝えした通り、会計法人は買い手にとって必ずしも魅力的な売却対象とはいえず、株式譲渡の形でM&Aを成立させることは難しいケースが多くなっています。では、「売れないならどうすればいいのか?」という点が、税理士にとって現実的な悩みとなるでしょう。
ここで一つ、有効な選択肢となるのが「会計法人を退職し、退職金を受け取る」という方法です。法人が税理士個人のものであった場合、役員としての退職という手続きを踏むことで、法人から適正な額の退職金を支給してもらうことができます。
この方法が有効なのは、役員としての在任期間が長く、かつ長年にわたり十分な役員報酬を受け取ってきたケースです。会計法人が支払う退職金は、税理士にとっては「退職所得」として扱われるため、所得税の計算上、優遇される点が大きなメリットとなります。具体的には、在任年数に応じた退職所得控除が適用され、同じ金額でも雑所得で受け取るよりも圧倒的に税負担を軽くすることができます。
ただし、注意点もあります。近年のM&Aでは、会計法人の売却を前提とするケースが少ないことから、退職金の支給についても計画的な準備が必要です。特に次のようなケースでは、退職金方式の活用が難しくなる可能性があります。
会社設立から年数が浅く、役員としての在任期間が短い
毎年の役員報酬を低く設定していたため、実質的な報酬実績が乏しい
こうしたケースでは、退職金という手段で譲渡対価を「給与所得」や「退職所得」に分散させることが難しくなり、結局のところ税理士個人の「雑所得」として一括で課税されてしまうリスクが高くなります。
そこで重要になるのが、「M&Aをいつ実行するか」です。多くの税理士が引退の直前になって慌てて譲渡を検討しがちですが、それではこうした対策が取れず、税務上も不利になりかねません。少なくとも「引退の5年以上前」からM&Aを視野に入れ、生命保険契約の整理や役員報酬の設計を見直したりといった準備を進めておくことが非常に大切になります。
このように、会計法人が法人として「売れない」としても、工夫次第で税理士自身が引退時に有利な形で譲渡対価を受け取ることは可能です。事前準備の有無が、引退後の経済的なゆとりを大きく左右すると言えるでしょう。
4.まとめ
税理士事務所のM&Aを検討するうえで、会計法人の取り扱いは非常に重要なテーマです。会計法人が株式譲渡の形で売却できれば、税理士個人にとっては税務上のメリットが大きくなります。しかしながら、現実には会計法人をそのまま売却するのは非常に難しいというのが実態です。
買い手側にとっては、すでに同様の機能を持つ会計法人や子会社を有しているケースが多く、わざわざ別の法人を買い取るインセンティブが低いため、会計法人も税理士事務所と同様に「事業譲渡」として引き継ぐ方法が主流です。
このような状況下で税理士が取るべき対応としては、会計法人を退職し、退職金という形で対価を得るという方法があります。とくに役員報酬が適正で、在任年数が長い場合には、この方法によって「退職所得」という有利な所得区分で資金を受け取ることができ、税金面でも大きな違いが生まれます。
一方で、会計法人の設立時期が浅かったり、役員報酬が極端に低かった場合には、このような対策も難しくなります。その場合には、「引退の5年以上前」から計画的にM&Aを視野に入れ、生命保険契約の整理や役員報酬の見直しといった準備を地道に行っておく必要があります。
税理士の皆さまが「引退後も安心して生活できる状態」を実現するためには、こうした計画的な取り組みが不可欠です。M&Aをただの「売却手段」としてとらえるのではなく、会計法人や税務の知識を最大限に活かした“戦略”として設計していくことが、真に成功する引退のカギになるでしょう。
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