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支店成りする際、退職金を職員へ支給するべき?

  • 執筆者の写真: 大竹 邦明
    大竹 邦明
  • 6月16日
  • 読了時間: 6分

税理士として事務所を経営されている皆さまにとって、「支店成り」や「法人化」あるいは「他の税理士法人との統合(M&A)」は、将来を見据えた重要な選択肢となります。こうした場面で避けて通れないのが、職員に対する「退職金」の取り扱いです。


この記事では、税理士事務所の所長向けに、退職金制度の扱い方、リスクとその対処法について、わかりやすく解説します。専門用語をなるべく使わず、初めてこうしたテーマに触れる税理士の方でも理解できる内容を意識しています。



【1.税理士事務所のM&Aにおける退職金制度の扱い】


近年、税理士事務所同士の統合や支店化が増えてきています。その背景には、顧問先の高齢化や所長の引退問題、職員の確保・定着といった課題があります。こうした変化の中で、特に注意したいのが「退職金制度」の扱いです。


税理士事務所では、中小企業退職金共済(中退共)などを活用し、退職金を積み立てているケースが多く見られます。しかし、すべての税理士法人が同じように制度を整備しているわけではありません。実際には、譲渡側の事務所には退職金制度があっても、譲受側の事務所には制度が存在しないというケースが少なくありません。


特に、職員が20名以上在籍するような大規模な税理士法人では、従来の退職金制度を廃止し、確定拠出年金制度に移行している事務所も多く存在します。この制度変更により、退職金の積立負担を減らすと同時に、職員自身の自立を促す仕組みが構築されつつあるのです。


ここで問題となるのが、退職金制度がある事務所から制度のない法人へ職員が異動する場合です。仮に、一部の職員だけが旧制度の恩恵を受けることになれば、「なぜあの人だけ退職金があるのか」といった不満や摩擦が生まれます。実際に、過去の判例でも、特定の職員だけに退職金が支給されたケースで他の職員が不当性を訴え、裁判にまで発展した事例が存在します。


税理士として、そして事務所の経営者として、こうしたリスクを避けるためには、退職金制度の引継ぎに慎重になる必要があります。制度の違いがある場合には、M&A時に退職金制度そのものを引き継がないという判断をすることが一般的であり、経営上も望ましいとされています。


退職金というのは単なるお金の問題ではなく、職員との信頼関係、そして組織の一体感にも影響する制度です。統合や支店成りを進める際には、制度の有無だけでなく、職員への説明や合意形成も含めて、丁寧な対応が求められます。


【2.退職金を支給するリスクと対応策】


前述のとおり、退職金制度を引き継がないという方針を取った場合、当然ながら制度が終了する時点で、対象職員に対して退職金を支給する必要が生じます。


この「支給のタイミング」が、事務所にとって大きな影響を及ぼすこともあります。特に、長年にわたり勤務してきたベテラン職員については、積立額が大きくなるため、退職金を支給された職員が「一区切りがついた」と考えて退職を選択するリスクもあります。


税理士事務所では、顧問先の対応や職員の引継ぎなど、個人の経験やスキルが大きく影響します。したがって、職員の離脱は顧問契約の解約につながる恐れもあり、特にキーパーソンとなる職員が退職することは、経営上の大きなリスクになります。


このリスクに対する一つの対応策が、「退職金の支給時期を調整する」というものです。退職金については、法律で「いつまでに支払わなければならない」という明確な期限が定められているわけではありません。一般的には、退職後3カ月以内での支給が適切とされるため、これを活用して退職金の支給をあえて遅らせることで、職員の即時離脱を防ぐことが可能となります。


たとえば、支店成りのタイミングで退職金の支給は行うものの、実際の支給は3カ月後とすることで、「それまでは残ってもらいたい」という意思を伝えることができます。この期間に引継ぎや再配置を行い、業務の空白を防ぐことができるのです。


さらに理想的なのは、税理士法人としてM&A後も退職金制度を継続することです。ただし、これは新しい法人の方針によって実現が難しい場合もあります。その際には、退職金に代わるインセンティブ制度(役職手当、特別賞与など)を用意することで、職員のモチベーションを維持する方法も考えられます。


退職金は、職員への評価や感謝を示す意味でも重要です。しかし同時に、支給のタイミングや方法によっては、経営に思わぬ影響を及ぼすことがあります。税理士として、そして所長として、制度の見直しやリスク対策を怠らない姿勢が求められています。


【3.退職金を支給しても問題ない場合】


ここまでリスクの話を中心に進めてきましたが、必ずしもすべてのケースで退職金の支給が経営に大きな影響を与えるとは限りません。税理士事務所として支店成りを検討する際、以下のようなケースであれば退職金の支給について、そこまで慎重になる必要はないと言えるでしょう。


まず、退職金の積立額がまだ少額である場合です。特に若手職員が中心で在籍年数が短く、中退共などの掛金も小額であった場合には、支給する退職金自体が数万円〜数十万円程度に留まるケースもあります。こうした場合は、退職金支給による職員の離職やキャッシュフローへの影響も軽微です。


次に、支店成りのタイミングで職員の引継ぎや雇用継続を前提としていないケースです。たとえば、業務の一部だけを切り出して他の法人に譲渡し、残りの業務を縮小・整理するような形であれば、職員への退職金支給も正当な「整理手当」としての意味合いを持ちます。このような場合には、特段のリスクは発生しません。


ただし、注意したいのは「職員との信頼関係があるから大丈夫」という考えです。長年一緒に働いてきた職員だからといって、今後の変化にも変わらず忠誠心を持ち続けてくれるとは限りません。経営環境が大きく変化する場面では、どんなに信頼している相手であっても、制度的な裏付けと丁寧な説明が欠かせません。


税理士事務所の経営者として、職員との関係性に甘えず、制度とルールに基づいた対応を行うことが、結果として信頼を守り、事務所全体の安定につながります。退職金の金額にかかわらず、経営者としての視点と準備を忘れないようにしましょう。


【4.まとめ】


支店成りや事務所の統合といった変化の中で、「退職金」をどう扱うかは、税理士事務所の将来に直結する重要なテーマです。職員にとっても、長年働いてきた結果として期待するものだけに、制度の変更や支給の有無は非常にセンシティブな問題となります。


税理士として、そして経営者として、まず重要なのは「制度の違いに気づくこと」です。そして、安易に旧制度を引き継がず、現状に即したルールに基づいて対応することが求められます。


退職金を支給する場合も、タイミングや方法を工夫することで、職員の離脱を防ぎながらスムーズな移行が可能です。また、支給しても問題がないケースを冷静に見極めることも大切です。


何よりも、税理士事務所の未来のためには、目先の感情や関係性ではなく、制度とリスク管理を軸にした経営判断が欠かせません。退職金というテーマを通じて、職員を大切にしながらも、強い組織をつくる一歩としていきましょう。



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