「後継者が見つからないなら、育てるのをやめて譲る」現実的な承継判断とは?
- 菅原 良平

- 6月6日
- 読了時間: 6分
税理士業界では、今や多くの事務所が「後継者がいない」という現実に直面しています。これは一部の地域や小規模事務所に限った問題ではなく、業界全体を揺るがす深刻な課題です。 「このまま誰にも継がれず、自分の代で終わってしまうのか…」そんな不安を抱えたまま日々業務を続けている税理士の方も少なくないでしょう。
かつては、勤続年数の長い職員を育てて税理士登録を目指してもらい、数年がかりで所長を交代する、という「育てて承継」の形が一般的でした。しかし今、そのやり方はもはや通用しない場面が増えています。 育てる時間もない、意思のある人材も見当たらない。そんな状況で現実的な選択肢となっているのが「譲る」=M&Aによる第三者承継です。
本記事では、「後継者を育てる」ことにこだわるのではなく、「譲る」という選択がいかに現実的かつ前向きな判断かを解説していきます。税理士という専門職の事業承継に悩む全ての所長に向けて、明日を変えるヒントをお届けします。

1.後継者不在の時代に突きつけられる選択肢
税理士業界は、他の士業と比較しても高齢化が急速に進んでいます。60代後半から70代で現役として活躍する税理士も少なくありません。その一方で、新たに資格を取得し開業を志す若手の数は限られ、人口動態としても後継者不足は避けがたい現象となっています。
このような状況下で多くの税理士が迫られているのが、「育てるのか、それとも譲るのか」という選択です。これまでのように、事務所内の職員や身内に後継者候補がいて、その人を税理士に育てるという選択肢は、時間的にも経済的にも非常に大きなリスクを伴います。
特に、所長自身が60代後半以上の場合、5年後、10年後の心身の健康やモチベーションの維持は誰にも保証できません。育成には時間がかかり、その間に所長の健康や事務所の収益が低下する可能性もあります。
また、職員が税理士資格を取得できるかどうかも不確実ですし、仮に取得できたとしても「所長を引き継ぐ覚悟」があるかどうかは別問題です。こうした背景から、「育てて継がせる」理想形よりも、「譲って継いでもらう」という現実解にシフトする税理士が増えています。M&Aによる第三者承継は、時間をかけて育てるリスクを回避し、事務所という資産を守る手段となっているのです。
2.「誰かが育つ」のを待つリスクと、
意思なき人材にかける徒労
所長が期待する“後継者候補”が必ずしも適任とは限りません。 たとえば、長年一緒に働いてきたベテラン職員がいたとしても、その人が税理士になる意思を持っていなければ、いくら業務能力が高くても後継者にはなり得ません。また、若手職員についても「将来的に独立を考えている」と口にしていても、それが本気であるかどうか、また所長業務を担う覚悟があるかどうかは見極めが難しいのが現実です。所長には「期待したい気持ち」がありますが、その期待が徒労に終わるリスクは常に付きまといます。
税理士事務所の後継者に必要な資質は、単なる業務スキルではありません。
・経営管理能力
・顧問先との関係維持
・職員との信頼関係
・税理士としての倫理観と責任感
これらすべてが備わっていなければ、承継は成功しません。
そして最大の条件は、「継ぐ意思があるかどうか」です。 意思なき人材に貴重な時間とリソースを費やしても、事務所は承継されません。むしろ、その間に事務所の収益や価値が落ちてしまえば、譲渡のタイミングすら失うことになります。「育ててみよう」という思いが、知らず知らずのうちに“譲る判断”を遅らせ、出口を閉ざしてしまう――それが今、多くの税理士が直面しているジレンマなのです。
3.“育てて承継”は理想、“譲って承継”が現実的
「理想は育てて承継。でも、現実的には譲った方が早い」 この言葉に、多くの税理士がうなずくのではないでしょうか。ここで注目されているのが、税理士事務所のM&Aです。M&Aと聞くと「会社の売買」や「大企業の話」と感じるかもしれませんが、実際には士業の世界でも一般的になりつつあり、税理士事務所でも多くの成約実績があります。
M&Aのメリットは、「育てる」ために必要な時間と労力を省きながら、事務所の価値を維持・向上させた形で次にバトンを渡せる点です。 また、「譲って終わり」ではなく、「譲って働き続ける」という柔軟な承継も可能です。実際、M&A後も継続して数年間は顧問先対応を担ったり、法人内のパートナーとして新しいキャリアを築く税理士も増えています。
つまり、M&Aは単なる「引退の手段」ではなく、「次のフェーズへの選択肢」でもあるのです。 事務所の未来を考えるとき、「誰が継ぐか」ではなく、「どう継いでもらうか」という視点が、今こそ必要とされています。
4.譲渡の判断を誤らないために―
見極めるべき3つのタイミング
M&Aの成功には「タイミング」が重要です。 以下の3つのポイントを見誤ると、良い相手と出会えず、条件が悪化するリスクが高まります。
①売上・収益が安定しているうちに動く
税理士事務所のM&Aでは、「売上規模」と「収益性」が重要視されます。業績が悪化してから譲ろうとしても、評価額は下がり、譲渡先の選択肢も狭まります。 まだ黒字で顧問先との関係も安定している今こそ、M&Aに着手するチャンスです。
②所長の“心身の余裕”があるうちに準備
M&Aは交渉や情報整理などエネルギーを使うプロセスが伴います。所長自身が元気なうちにこそ、自分の意思で計画的に進めることができます。体調を崩してからでは、条件交渉もままならず、後悔を残す可能性があります。
③職員・顧客が離れていない今がチャンス
譲渡の成否は、従業員と顧問先の「引き継ぎ成功」にかかっています。人が辞めてから、顧問先が離れてからでは遅いのです。信頼関係が保たれているうちにこそ、「この人になら引き継いでもらいたい」と思える相手と出会うことが可能になります。M&Aを「ギリギリの選択」にするのではなく、「余裕ある決断」として進めることが、成功の鍵です。
5.「譲渡で事務所は残せる」成功するM&Aの条件とは
税理士事務所のM&Aは、決して「売って終わり」ではありません。 むしろ、譲ったからこそ、事務所の“寿命”が延び、地域社会や顧問先に貢献し続けることが可能になります。
【即戦力のパートナーとつながれる】
後継者育成には時間がかかりますが、M&Aであれば即戦力の税理士法人や若手税理士とつながることができます。お互いの強みを補完しあえるパートナー関係が実現すれば、職員の働きやすさも向上し、顧問先へのサービスも継続できます。
【所長の人生設計も描ける】
M&Aを通じて、譲渡対価を老後資金に充てたり、引き継いだ組織の中で新たな役割を得たりすることができます。「引退=ゼロ」ではなく、「引退後も続く人生」を設計する機会となるのです。
【信頼できる支援者との連携がカギ】
成功するM&Aには、専門性の高い仲介会社やファイナンシャル・アドバイザーの存在が不可欠です。税理士業界に精通した支援者と連携することで、自分に合った譲渡先を見つけ、適切な条件で交渉が進められます。
6.まとめ
「誰にも継いでもらえないなら、継いでもらえる人に託す」 それは後ろ向きな選択ではなく、未来を残すための戦略です。税理士事務所は、地域に根差した専門性と信頼を武器に築かれてきた資産です。その価値を失う前に、M&Aという手段で活かすことは、非常に現実的で、前向きな承継の方法と言えます。
「引退=終わり」ではありません。「譲渡=次のステップ」。 自らの決断でバトンを渡し、次のステージで自分の働き方を選ぶことも可能です。税理士としての人生を、自分らしく、納得して締めくくるために。 今こそ、「育てること」から解き放たれ、「譲る」決断を前向きに考えてみてはいかがでしょうか。





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