税理士法人の制度設計と無限責任の現実 ~税理士法人を守る契約と内部規律の整え方~
- 小杉 啓太

- 9月26日
- 読了時間: 6分
本記事では、士業法人に特有の「契約・責任範囲」に焦点を当て、そのリスクと制度設計のあり方を考察します。税理士法人などの士業法人は、社員が無限連帯責任を負うという厳しい法的枠組みの下にあり、経営上の安定を図るためには責任分担や契約設計を巧みに整える必要があります。特に税務や会計といった業務領域の切り分け方、社員と従業員の責任の線引き、損害賠償リスクへの備えなどは実務に直結する重要課題です。本記事ではそれらを整理し、実務的に活用可能な視点を提示します。
税理士法人は「合名会社に準じる特別法人」と位置付けられており、社員には無限連帯責任が課せられる点が最大の特徴です。この仕組みは、法人格を持つことで業務拡張や支店展開が可能となる一方、万一の損害発生時には社員それぞれが無限に責任を負うという厳しい構造となっています。例えば、法人として取引債務や損害賠償責任が発生すれば、その履行不能があった際に社員の個人資産が責任追及の対象となります。これは株式会社における有限責任の原則と対照的であり、士業法人の制度設計を行う上で避けて通れない課題といえます。
こうしたリスクに対処する代表的な方法の一つが、社員間で内部的な負担割合を覚書で明確にすることです。たとえ債権者に対しては全社員が連帯して無限責任を負うとしても、内部的な取り決めで「発生原因となる業務を担当した社員が実質的に負担する」と定めておけば、法的なリスク分散はできなくとも、社内での経済的調整は現実的に可能です。また、近年の学説や実務でも、退社や持分の譲渡をめぐる紛争に備え、定款で脱退事由や持分処理方法を詳細に規定する重要性が指摘されています。無限責任を避ける術は存在しませんが、そのインパクトをどう最小化するかが制度設計上の要となります。
税理士法人が直面する大きなリスクの一つが、いわゆる税賠リスク(税理士賠償責任)です。税務申告や調査対応に誤りがあった場合、依頼者に多額の損害が生じ、その損害賠償請求が法人や社員個人にまで及ぶことがあります。特に、社員税理士に無限責任が課される仕組みでは、法人の資産のみならず社員個人の資産までもリスクに晒されるため、適切な制御策を講じない限り、経営基盤が大きく揺らぐ恐れがあります。
まず第一に求められるのが、業務フローの明確化と法的整備です。モデル定款や日税連のガイドラインに沿い、業務範囲の特定や責任分担を明示しておくことで、過失責任の所在をあいまいにしないことが重要です。さらに、損害賠償責任保険の活用や、法人規模に応じた契約条項の工夫によって、損害額の一定範囲をカバーできる体制整備が欠かせません。実務上では、定款や業務委託契約書に「責任の範囲を法人に限定する条項」を組み込むことは法的に困難ですが、業務説明の明確化や依頼者とのリスク共有を丁寧に設計することで、トラブル時の交渉余地を広げる効果があります。
つまり、法制度上の枠組みの中で社員責任を直接制御することは不可能に近いです。しかし、内部規律の整備・外部保険の導入・契約面の調整という三段階の工夫によって、損害発生時のダメージコントロールは十分に可能であるのです。
税理士法人の契約実務において、最もリスクが顕在化しやすいのが税務と会計業務の境界線です。税理士法人は定款の目的に「税理士業務と付随する業務」を掲げていますが、会計業務をどの範囲で取り込むかによって、認定支援機関の要件や契約関係に直結します。仮に定款上から会計業務を外した場合、税理士法人としての権限上は受任できなくなり、その結果、認定支援機関に登録できないという実務上の問題も生じます。一方で、会計法人を別組織として保持し、税理士法人と三者間契約を組む方式も広く行われています。
この場合、顧問契約書を業務範囲ごとに分けて明示する工夫が不可欠です。例えば、依頼者との契約条項で「税務業務は税理士法人が、会計業務は会計法人が担う」と明記し、別紙にて業務範囲と対価を明確に規定します。さらに、支払方法についても工夫が可能で、顧問料を一括で支払い、法人間で按分する代理受領方式を採用すれば、依頼者側の事務負担も軽減されます。これにより、実務上は一元的なサービス提供を維持しつつも、責任範囲は契約設計で明確に切り分けることができます。
こうした仕組みを整えることで、依頼者からの「想定外の責任追及」を防ぎやすくなります。責任範囲が曖昧なまま業務を行えば、思いもよらぬ損害請求に発展する余地が大きくなります。したがって、契約文言一つを軽視せず、業務範囲を線引きし、その線引きが依頼者にも可視化されることが、リスクマネジメント上の決定的要素です。
税理士法人における「社員」と「従業員」の法的位置づけは大きく異なります。社員は出資を行い、意思決定権を持つだけでなく、対外的に無限連帯責任を負う立場であるのに対し、従業員は労働契約に基づき法人から報酬を得るのみで、法人の対外的負債を直接に負担することはないです。したがって、制度設計においては、この二者の責任範囲を徹底的に分離し、全員が自己の立場を正確に理解できるよう整備しておくことが、運営の安定性につながります。
特に注意が必要なのは、社員が形式上多数いても、実際の業務執行や責任負担が偏在するケースです。このような場合、持分の大小や議決権の分配方法を定款で工夫することに加え、覚書や雇用契約上で「従業員としての業務範囲」や「社員としての責任範囲」を明示しておく必要があります。さらに、業務上の過失が発生した際に従業員に負担を求められるのは限定的であるため、法人内部の規律として、コンプライアンス研修やチェック体制の構築によって従業員側のリスク発生自体を防止することが現実的な対策となります。
こうした制度設計は、将来的な持分譲渡や退出の段階でも影響します。社員が退社する際には持分払戻請求権が発生し、純資産評価額が基準となるが、従業員にはそのような権利は生じません。したがって、内部体制をあらかじめ整え、社員・従業員間の区分を明確に保つことが、法人としての継続性を確保する上で必須と言えるでしょう。
税理士法人の制度設計における最大の特徴は、社員に課される無限連帯責任と、それに伴う契約・責任範囲の線引きです。無限責任を制度的に免れることはできませんが、定款・覚書・契約設計・保険といった諸手段を組み合わせることで、そのリスクを現実的に制御することは可能です。特に税理士法人の実務においては、会計法人との関係整理や、認定支援機関に必要な業務目的の定款設計など、契約レベルでの工夫が欠かせません。また、社員と従業員の責任範囲を峻別し、内部ルールを明確にすることで、法人運営は安定し、将来の出口戦略(承継・M&A・清算)にもスムーズに対応できます。
要するに、税理士法人における制度設計の核心は、「法律上の制約を前提に、契約と内部規律でリスクをいかに分散・可視化するか」に尽きます。形式的な定款整備だけでなく、日常的な契約運用や組織運営の中で絶えず実効性を担保し続けることが、税理士法人の持続的な成長と安定に直結するのです。




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