リアル事例で学ぶ!税理士事務所の承継成功パターンと失敗パターン
- 小杉 啓太

- 9月8日
- 読了時間: 6分
税理士事務所の未来を考えるうえで、承継や合併、いわゆるM&Aは決して他人事ではありません。後継者不在や職員の雇用不安、顧問先との信頼関係の維持など、現場で直面する悩みは多岐にわたっています。しかし、ネットで得られる情報や一般的なM&Aノウハウでは、本当に大切な“現場のリアル”や細やかな配慮までは語られません。本記事では、実際に税理士事務所の承継や合併を経験したリアルな事例をもとに、成功までの具体的な流れや失敗パターン、そして“人”に焦点を当てた本質的なポイントに迫ります。税理士事務所の未来と関係者みんなの幸せを見据え、今こそ一歩踏み込んで考えてみませんか。
一般には、事務所売却や引退、まとまった譲渡対価の獲得がM&Aの主な目的だと捉えられがちです。しかし、実際に相談が寄せられる現場では「お金」よりも、後継者の不在や職員の雇用継続、顧問先へのサービス維持といった課題が強い動機となっています。所長自身が5年後、10年後の将来に不安を感じたり、万一の際に家族や職員に迷惑をかけたくないという真摯な思いから、事務所の「やめ方」より「続け方」を真剣に考えるケースが増えているのです。
現場で実際にあった事例をもとに、そのポイントを見ていきましょう。たとえば、東北地方のY先生(61歳)からの相談です。この先生の事務所は、人口11万⼈の町にあり、売上は3,000万円。従業員は奥様と職員2名です。ご相談の内容は、「この町では若い税理⼠を採用できる見込みがない」「今後10年は働き続けたいが、万が⼀のことがあったら奥様や職員、顧問先に迷惑をかけてしまう」というものでした。 特に職員に関しては、地域柄転職先が少なく、現在の職場で長年勤めていたとしても転職すると新⼈の給与額として再スタートせざるを得ない環境であるため、職員の生活を守る ことにも不安を抱えていらっしゃいました。また、顧問先についても、自分が急にいなく なることで、他の税理士を探さなければならず、会計ソフトの変更を余儀なくされる可能性があるという懸念がありました。
Y先生は、個人事務所を事業譲渡し、他の事務所の先生とともに税理士法人を設立しました。譲渡後は支店長・法人の社員税理士として現役を続け、年収1200万円の役員報酬を維持しながら、職員の雇用継続や顧問先サービスの安定に注力しています。
もう1つのケースとして、B先生(55歳)の 事例もご紹介します。B先生は税理士法⼈の支店を運営されていました。支店の売上は5,000万円、職員は5名。しかし、持病が悪化し、支店の運営が困難になってしまったのです。 本店はあるものの、職員が本店に通うのは物理的距離の問題で現実的ではなく、新たな税理士を採用することも困難な状況でした。そのため、「とにかく職員の雇用を守ってほし い」「譲渡対価は気にしないので、職員が安⼼して働けるような形にしてほしい」というご相談でした。 B先生の体調は深刻で 、夕方5時にはもう動けなくなるほどでした。それでも、所長として事務所を支えなければならず手術の日程すら決められないという状況にありました。最優先の目的は職員の雇用維持であり、譲渡対価よりも「職員が安心して働き続けられる体制」を強く望みました。
B先生は、隣県の税理士法人へ事業譲渡をしました。元の税理士法⼈に籍を残す必要があったため、本店の社員税理士として異動しました。旧支店への配慮としては、譲渡先となった税理士法⼈の支店の顧問として、引き継ぎ‧顔つなぎに協力してい ただいています。 また、B先生の体調の 問題ですが、譲渡後2ヶ月で 無事に手術を受けることができ、譲渡対価については税理士法⼈への支払いとなり、5,000万円を受け取ることができました。拠点に関しては、元々職員の方々もいらっしゃいましたが、新たな支店長としてB先生よりも若い税理士の方が譲受側税理士法⼈の本店から赴任し、体制が整いました。
その結果、職員の離脱はなく、全員が継続して同条件で働いています。顧問先について も、引き続き契約継続していただける状況となっており、むしろ紹介により新規顧客が増 えているというお話を伺っています。その結果、譲渡後も職員と顧問先の関係は安定し、新たな税理士を迎え組織体制が刷新されました。「引退ありき」ではなく事業や雇用の安定・未来への備えを目的とした承継でした。
さて、ここからは過去にお伺いした弊社の支援以外での税理士事務所のM&A失敗事例をご紹介します。税理士事務所のM&Aがうまくいかなかった失敗事例はいくつも語られています。もっとも深刻なものは、M&Aの実行からわずか数か月で売上が半減してしまったというケースです。これは、事前の職員や顧問先への説明が十分でなかったため、組織の雰囲気が急激に悪化し、多くの顧客が離れてしまった結果でした。
また、職員が大量に退職してしまった事例もあります。譲渡実行後、初めて新経営者と顔合わせをしたその場で旧所長が「私、辞めます」と辞意を表明されたのです。さらに、譲渡契約締結の前日になって事務所の全職員が一斉に退職届を提出したという衝撃的な出来事も報告されています。これらのケースでは、先に伝えられる職員や、特定の「キーパーソン」だけに配慮が向く一方で、他の職員が軽視され不信と不安が広がっていたことが原因です。
他にも、「売却したら終わり」と考えた旧所長が新体制への引き継ぎに全く協力せず、顧問先との関係性にも亀裂が生じてしまうパターンも散見されます。情報開示が遅れたり、関係者の立場に立った現場視点での配慮がなかった場合、組織としての一体感が損なわれ、努力して築いてきた信頼関係が一気に崩れてしまう危険性があります。
このように、税理士事務所のM&Aの失敗の裏には、契約や数字だけでは測れない「人への配慮不足」と「事前準備・説明の欠如」が横たわっています。どんなに条件面が魅力的でも、職員や顧問先との絆を無視した手続きには大きな落とし穴があることを忘れてはなりません。
税理士事務所のM&Aがスムーズに進むためには、譲渡前後の所得や役員報酬の設定、会計ソフトや就業規則の継続、退職金制度の調整など、職員や顧客が不安なく過ごせる工夫が不可欠です。特に役員報酬は譲渡前所得の70~80%程度を目安に、自身の業務量や引き継ぎ進度に合わせて段階的に設定されることが多いです。顧問契約や収納サービスも名義変更やサービス導入によって、スムーズに引き継がれていきます。
税理士事務所M&Aでは、職員を含めた面談や訪問・交流会を重ねながら信頼関係を築き、職員や顧客にも前向きなメッセージと説明を丁寧に行うことで、不安や混乱が生じないよう配慮することが大切です。成功要因は「相手を信頼できるか」の見極めと、職員への十分な説明と交流です。事前の顔合わせやランチ会など、書類や契約だけでは補えない「人と人との交流」こそが、成功を左右する決定的な要素となります。
税理士事務所のM&A成功の本質は、一人ひとりの職員と顧問先の不安に誠実に寄り添い、「事務所の未来をみんなで考えること」にあります。経営者自身の目的や「愛」、そして関係者との信頼構築を丁寧に進めることで、承継・合併(M&A)が単なる金銭取引ではなく、組織の新たな成長や絆づくりに転化します。





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