10年後も生き残る税理士事務所とは?経営の視点で考える将来戦略
- 菅原 良平

- 6月2日
- 読了時間: 7分
税理士として事務所を経営されている皆様にとって、「10年後も今のままで経営が成り立っているだろうか?」という問いは、決して他人事ではありません。業界を取り巻く環境は急激に変化しており、従来のやり方が必ずしも通用しない時代に突入しています。AI、DX、価格競争、そして後継者問題――それらを乗り越えるには、単なる延命ではなく「将来を見据えた戦略的経営」が求められます。
本記事では、「10年後も生き残る税理士事務所とは何か?」をテーマに、経営者として押さえておきたい視点を5つのトピックに分けて解説します。時代の波に乗り遅れず、むしろ先手を打って成長するための戦略的ヒントをお届けします。

1.縮小市場での競争時代へ──税理士業界の構造変化
かつては安定業種と呼ばれていた税理士業界も、今では激動の時代を迎えています。特に近年、次のような構造的な変化が進行中です。
ー人口減少がもたらす顧客数の減少ー
日本全体の人口は減少傾向にあり、企業数・開業件数も比例して減少しています。特に地方では顧問先の高齢化・廃業が進んでいるため、税理士事務所が「何もしなくても顧問先がいた時代」は、すでに終わったと言ってよいでしょう。
ーAI・クラウド会計ソフトの台頭ー
クラウド型会計ソフトやAIによる自動仕訳機能の普及により、税理士の“入力業務”の価値は相対的に低下しています。中小企業の経営者自らが帳簿をつけ、決算もパッケージで済ませてしまう事例も少なくありません。「申告代行」だけでの差別化が難しくなる中、業務内容の再構築が求められています。
ー価格競争とサービスの陳腐化ー
インターネット経由で税理士を探す企業が増えた結果、「価格ありき」で比較検討される傾向が強まっています。特に月額顧問料については、都市部を中心に1~2万円台という低価格競争が展開されており、税理士事務所の収益性を圧迫しています。
こうした環境下では、従来の「紹介頼み」「申告代行中心」「属人的な運営」だけに頼った経営スタイルは、ますます限界を迎えることになります。これからの時代、税理士事務所には変化に適応した“経営”が求められているのです。
2.業務の標準化とDX化で属人性から脱却する
10年後も安定して運営されている税理士事務所には、共通して「業務の標準化」と「DX(デジタルトランスフォーメーション)」が浸透しています。
ー属人性のリスクとは?ー
所長や一部のベテラン職員しか対応できない業務が多い場合、急な退職・病気が即座にサービスレベルの低下を招きます。また、採用や育成にも時間がかかり、若手の定着率も下がりがちです。属人性が高いと、業務の引き継ぎがうまくいかず、組織としての成長にブレーキがかかってしまいます。
ーマニュアル整備とITツールの導入ー
業務フローを見える化し、誰でも一定水準で対応できるようにマニュアルを整備することは、税理士事務所の経営安定に直結します。たとえば、
顧問先との定期連絡の手順
記帳チェックの判断基準
決算処理のスケジューリング
など、属人化しがちな業務を文書化することは、業務品質の均一化と、採用後の教育時間の短縮に大きく貢献します。
さらに、クラウド会計ソフト、タスク管理ツール、チャットツール(Chatwork、Slack)などを導入することで、事務所内の情報共有が進み、業務の抜け漏れを防ぐ体制が整います。こうした「仕組み化された税理士事務所」は、10年後も人に依存せず継続・拡大していける強い組織になるのです。
3.選ばれる事務所になるブランディングとサービス設計
これからの税理士業界では、「どこに頼んでも同じ」ではなく、「この税理士に任せたい」と言われるブランディングがますます重要になります。
ー専門特化という差別化ー
一般的な会計処理・申告業務ではなく、業種特化(例:医療・建設・飲食業)や業務特化(例:資金調達支援・事業再生・補助金申請)によって「専門家」としてのポジションを築くことは、価格競争を回避する上でも有効です。特化することで顧客の満足度も上がり、紹介にもつながります。
ー情報発信と信頼構築ー
ホームページやSNS、YouTube、ブログなどを活用して、専門性や人間性を伝えることも重要です。特に中堅世代以下の経営者は、税理士をネットで探し、情報を見て比較検討する傾向が強いため、発信力はそのまま集客力になります。
ー顧客体験(CX)の設計ー
単に正確な申告を行うだけでなく、「安心感」「スピード対応」「親しみやすさ」といった“感情価値”を提供できる事務所が支持されます。顧客対応の質をマニュアル化し、スタッフ全員が高いレベルで提供できる体制を整えることが、長期的な顧問契約の鍵となります。
今後生き残る税理士事務所は、“価格”ではなく“価値”で選ばれる存在であるべきなのです。
4.M&Aは撤退戦略ではなく、成長戦略になりうる
税理士業界で「M&A」と聞くと、“引退する所長が事務所を売る”というイメージが根強いですが、実はM&Aは「成長戦略」としても非常に有効な選択肢です。M&Aは、拠点拡大や人材確保を実現する手段としても注目されています。
ー拠点拡大・人材確保の手段ー
M&Aにより、既存の税理士事務所を吸収・合併することで、短期間で新たな地域に拠点を持つことが可能です。顧問先や従業員ごと譲り受けられるため、ゼロからの開拓に比べて非常に効率的です。M&Aを活用することで、事務所の規模を迅速に拡大し、より多くの市場に進出することができます。また、採用難の中で優秀な人材やチームをまとめて獲得できることも、M&Aの魅力です。M&Aによって、他の事務所からスムーズにスタッフを引き継げるため、組織力の底上げにつながり、サービスの質も安定します。このように、M&Aは事務所の成長を加速させるための有力な手段となります。
ー後継者不在への対応策としてのM&Aー
逆に「後継者がいない」「職員に継がせられない」という税理士事務所にとっても、M&Aは事業の価値を残す選択肢になります。M&Aを活用することで、顧問先やスタッフの将来を守り、関係者にとっても納得度の高い解決策となるのです。特に、後継者問題が深刻な事務所にとって、M&Aは有効な手段となり、事務所の存続を確実にする方法として注目されています。
近年では、税理士事務所同士のM&Aを専門とする仲介会社も増えており、以前に比べて実行のハードルは下がっています。これにより、事務所経営者はより気軽に、また戦略的にM&Aを選択肢に加えることができるようになっています。10年後を見据えるなら、「守るためのM&A」「伸ばすためのM&A」両面で戦略的に活用すべきでしょう。
5.人材を育て、役割を渡す─経営者としての“引き算”
税理士事務所の未来は、「人」にかかっていると言っても過言ではありません。今後の10年を見据えるには、単に人を採用するだけでなく、育て、任せ、引き継ぐというプロセスを経営戦略に組み込む必要があります。
ー“プレイングマネージャー”の限界ー
多くの税理士所長が「プレイングマネージャー」、つまり自らもプレイヤーとして記帳、申告、面談などをこなしています。もちろん、技術力は武器ですが、プレイヤーに偏りすぎると「育成」や「仕組みづくり」がおろそかになります。
10年後を見据えるなら、徐々にプレイヤーとしての比率を減らし、マネジメントと組織設計に時間を使う必要があります。それは、自分の分身を育てることであり、やがて“役割を手放す”準備でもあります。
ースタッフのキャリア設計と評価制度ー
「どんなスキルを持ち、どう成長すれば昇給・昇進できるのか」というキャリアパスが明確になっていない事務所では、若手の定着率が下がりがちです。逆に、
「マネジメント志望なら管理職研修あり」
「独立希望者には将来的に支店長職も」
といった“未来が見える設計”があれば、人は成長し、事務所に貢献してくれます。
また、定量・定性両面の評価制度を導入することで、「自分の頑張りが正しく見られている」という納得感が生まれ、モチベーションにもつながります。
ー次世代に“経営”を渡すー
10年後も存在感を保ち続ける税理士事務所には、経営者の右腕となるような若手が育っています。彼らに意思決定の一部を渡すことで、事務所の持続可能性が飛躍的に高まります。
「すべて自分でやらないと気が済まない」という感覚は、ある意味で経営のボトルネックになり得ます。信頼して任せる勇気こそが、長期的な発展の鍵となるのです。
6.まとめ
本記事では、「10年後も生き残る税理士事務所とは?」というテーマで、以下の5つの視点から経営戦略を考察しました。
1.税理士業界の構造変化を直視する
2.業務の標準化・DX化によって属人性から脱却する
3.ブランディングと顧客体験(CX)で“選ばれる事務所”になる
4.M&Aを成長戦略・撤退戦略の両面で活用する
5.人材を育て、役割を引き渡す経営に転換する
税理士としての技術だけでは、将来は保証されません。今こそ、「事務所経営者」としての視点を持ち、変化と成長に向き合うべきタイミングです。
未来は“準備した人”にこそ開かれます。あなたの税理士事務所が、10年後も地域や顧客から頼られる存在であり続けるために、今日から一歩ずつ戦略を実行していきましょう。





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