後継者がいないならどうする? 税理士事務所が取りうる3つの選択肢
- 菅原 良平
- 5月16日
- 読了時間: 6分
【はじめに】─「後継者がいない」という現実に、どう向き合うか
全国の税理士事務所にとって、近年、避けて通れない大きな問題があります。それは「後継者がいない」という現実です。どれだけ長年にわたり顧客と信頼関係を築き、地域に根ざした経営を行ってきたとしても、いずれは引退の時がやってきます。その時、事務所を誰に託すのか。あるいは、託す人がいない場合、どう終わらせるのか。
日本全体が高齢社会へと突き進む中、あらゆる業種で「継承難」が問題となっています。製造業、飲食業、個人商店と並び、士業、とくに税理士は顧問先の未来を支える存在であるにもかかわらず、自身の“出口戦略”が立てられていないケースが多く見受けられます。これは、単なる人材難の問題ではなく、社会全体の持続性にかかわる大きな課題でもあるのです。
この記事では、後継者がいない税理士が取り得る3つの選択肢について、分かりやすく丁寧に解説していきます。今後の判断材料として、ぜひご一読ください。

1.なぜ「後継者がいない税理士」が増えているのか
かつて、税理士は安定した資格職として、若い世代からも人気のある職業でした。しかし今、そのイメージは大きく揺らいでいます。最も深刻なのは、税理士の高齢化と後継者不在の問題です。
日本税理士会連合会のデータによれば、税理士の平均年齢は60歳を超えています。60代・70代で現役という人も珍しくありません。それ自体は「働く意欲」の表れとも言えますが、裏を返せば、引退後の担い手が不足していることを示しています。
特に、次のような要因が後継者不足を招いています。
若手の資格取得者が減っている
勤務税理士から独立しようとする人が減少
税理士法人化が進み、個人事務所の魅力が薄れる
IT化・AI化による将来性への不安
さらに地方では、人口減少により顧問先の事業者も減っており、
「あとを継ぐ意味があるのか?」という疑問も若い世代には生じています。
また、所長が「家族に継がせたい」と思っていても、子ども世代が別の仕事を選ぶケースも多く、「親族承継」というルートも年々難しくなっています。このように、業界全体の構造的な問題が、後継者不在という状況をつくり出しているのです。
2.第一の選択肢:所内承継という希望
税理士事務所にとって、最も自然な承継の形が「所内承継」です。これは、長年一緒に働いてきた職員や、家族・親族に事務所を引き継いでもらう方法です。
所内承継には、次のようなメリットがあります。
顧問先との関係が維持しやすい
職員が既に業務を理解している
経営方針や文化が引き継がれやすい
特に、長く働いてきたベテランの職員がいる事務所であれば、その人が資格を取得して「あとを継ぐ」というケースも期待できます。
ただし、現実的には以下のような課題もあります。
職員に「継ぐ覚悟」があるか
経営者としてのスキルが育っているか
税理士資格を持っているか、取得の見込みがあるか
つまり、「所内に継げる人材がいるかどうか」だけでなく、「継げる体制をつくってきたか」が問われるのです。また、親族が継ぐ場合も、単に家族であるという理由だけでは不十分です。きちんと育成し、業務を理解し、顧問先からの信頼を得られるようにしなければなりません。
所内承継を成功させるには、少なくとも5~10年の計画的な育成期間が必要だと言われています。承継がうまくいっている事務所は、すでに数年前から準備を始めています。
つまり、所内承継を「選択肢」として考えるなら、今から準備を始める必要があるということです。
3.第二の選択肢:M&Aで“第三者に託す”という決断
後継者がいない税理士事務所にとって、M&Aは有力な選択肢です。大企業の買収とは異なり、税理士業界では、顧問先や従業員を守りながら第三者に託す現実的な方法として定着しつつあります。税理士にとってM&Aのメリットは多く、顧問契約の継続、従業員の雇用維持、譲渡対価の獲得などが挙げられます。また、譲渡後も顧問や非常勤税理士として関わるケースもあり、段階的な引退も可能です。
ただし、M&A成功には事前準備が欠かせません。税理士は財務や顧問契約、職員の処遇を整理し、事務所の「見える化」を進める必要があります。これにより、買い手の理解と評価が得やすくなります。
また、仲介者の選定も重要です。税理士業界に精通したM&A仲介会社など、信頼できる専門家の力を借りることで、交渉もスムーズになります。
譲渡先の選定では、金額だけでなく、税理士としての価値観や顧問先対応の質も重視すべきです。事務所の文化や信頼関係を守るには、相性の合う相手選びが不可欠です。
なお、M&Aは一括譲渡だけでなく、段階的譲渡や一部引継ぎといった柔軟な形も選べます。税理士にとって心理的な負担を減らす手段にもなり得ます。税理士として大切なのは、「最適なM&Aの形を見つける」こと。そのためには早期の準備と専門家の活用が鍵となります。
4.第三の選択肢:廃業という静かな幕引き
やむを得ず「廃業」という決断を下す税理士も、決して少なくありません。M&Aが成立せず、所内にも後継者がいなかった。そんな状況に直面したとき、廃業は最終的かつ現実的な判断となる場合があります。
このとき、最も大切なのは、顧問先・職員・関係先に対して、丁寧な対応を行うことです。特に顧問先に対しては、早めの通知と、契約終了に向けた段取りが欠かせません。突然の別れにならないよう、感謝の気持ちを伝えたうえで、信頼できる別の税理士を紹介する、あるいは一定期間フォローを続けるなど、できる限りの配慮を行う必要があります。
書類やデータの引き継ぎも重要な工程の一つです。紙の資料だけでなく、電子データやクラウド上のファイルも含めて、整理・移管の計画を立てておくことで、顧問先との信頼関係を最後まで守ることができます。
職員がいる場合には、その処遇にも細心の注意を払うべきです。退職の手続きを進めると同時に、再就職の支援や、今後の生活設計に関する相談に乗るなど、職員の人生に寄り添った対応が求められます。
5.どの選択肢が最適か? 判断を左右する5つの視点
所内承継、M&A、廃業──税理士事務所の“次のかたち”をどうするかは、事務所ごとに異なる事情や背景があります。
だからこそ、以下の5つの視点から、冷静に自分自身の状況を見つめ直すことが重要です。
冷静な視点と、情熱をもって選ぶべきタイミングは今です。もちろん、すべてのケースでM&Aが正解というわけではありません。しかし、「継がせたいけれど準備ができていない」「自分が築いてきたものを残したい」と感じているなら、廃業ではなく、M&Aの準備を始めることが、最も後悔のない選択肢となり得ます。
まずは、信頼できる仲介会社や専門家に相談してみてください。状況を整理し、どのような可能性があるのかを把握するだけでも、選択の質は大きく変わります。
あなたの決断が、顧問先やスタッフ、そして地域の未来につながる「新しい始まり」になるかもしれません。
6.まとめ:後継者不在は“終わり”ではない
後継者がいない――多くの税理士が抱える課題ですが、事務所の“終わり”ではありません。今こそ、次の形を考える好機です。税理士が選べる道は3つ。
1つは所内承継。信頼できる職員や家族に託す方法。
2つ目はM&A。第三者に理念や顧問先を引き継ぐ方法。
3つ目は廃業。事業を整理し、人生の次のステージへ進む方法です。
どの選択にも準備が不可欠。税理士自身の価値観と事務所の実情を見つめ、納得できる決断を下すことが大切です。税理士としての最後の仕事は、「どう残し、どう託すか」を考えること。顧問先や職員、地域社会の未来を思えば、行動を先送りにはできません。
「まだ早い」と思ううちに、選択肢は狭まります。まずは税理士業界に強い専門家やM&A仲介会社に話を聞くことから始めてください。
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