譲渡か廃業か? 税理士事務所の終わらせ方・残し方のリアル
- 菅原 良平

- 5月15日
- 読了時間: 8分
─【はじめに】“いつか”を考えるのは、今─
多くの税理士が日々、顧問先の未来を支える仕事をしています。しかし、税理士自身の「未来」はどうでしょうか。高齢化、後継者不在という言葉が業界で頻繁に語られるようになった今、自分の事務所を「どう終わらせるか」「誰に託すか」というテーマが避けて通れない時代に入っています。
この記事では、税理士事務所の“出口戦略”として注目される「廃業」と「譲渡」、そしてその中での「M&A」という選択肢について、初めて考える方でも理解しやすいように整理しました。今すぐ決断を迫られていなくても、「考え始める」ことが第一歩です。
1.「いつかは終わる」に備える時代へ
─事務所の“終わらせ方”が問われている背景とは─
全国で活躍する税理士の多くが、いまや60代後半から70代に差しかかっています。ある調査では、70歳以上の税理士が全体の3割を超えているとされ、まさに「税理士の高齢化時代」といえる状況です。
一方、後継者となるべき若手税理士の数は減少傾向にあります。資格取得者はいるものの、独立開業を選ばず企業内税理士や大手税理士法人に勤務するケースが増え、個人事務所を引き継ぐ人材は限られてきました。
このような中、税理士としていつまで働くのか、自分の事務所をどのように終わらせるのか、といった「出口」を真剣に考える必要が出てきています。 人生100年時代とはいえ、体力や意欲が衰える前に、選択肢を把握しておくことが安心につながります。
税理士の仕事は、顧問先との信頼関係の上に成り立っています。だからこそ、自分が急に引退することになれば、顧問先や職員、家族にも大きな影響を与えます。準備のないまま終わりを迎えると、「突然の幕引き」となりかねません。今、必要なのは「将来を見据えた終わらせ方」を考え始めることです。
2.廃業という選択肢:静かに幕を引くという決断
─顧問先との関係終了、職員の処遇など現実的なプロセスとリスク─
「廃業」とは、税理士としての登録を抹消し、事務所を閉じることを指します。一見するとシンプルな選択肢のようですが、実際には多くの手続きと対応が伴います。まず、顧問契約を結んでいるすべての顧問先に対し、契約終了の通知を行わなければなりません。タイミングによっては、決算や申告の真っ只中ということもあり、混乱を招く可能性もあります。
次に、職員の処遇です。長年共に働いてきたスタッフがいる場合、その雇用の行方は重要な課題です。早めに意向を共有し、転職支援や再就職の斡旋なども含めた対応が求められます。
また、日本税理士会連合会への登録抹消申請も必要です。これは、引退後も「税理士」を名乗れないことを意味します。人生をかけてきた職業との「別れ」に、心理的な抵抗を感じる方も少なくありません。さらに、廃業にはリスクも伴います。たとえば、税務調査が発生した場合、過去の担当者としての責任を問われる場面もありますし、顧問先に迷惑がかかるケースもあります。
とはいえ、廃業は「誰にも迷惑をかけずに静かに終えたい」という税理士にとって、ある意味潔い選択でもあります。自分の意思で終わりを選ぶ──それもまた、誇りある決断といえるのです。
3.譲渡という選択肢:事務所の価値を“誰かに託す”道
─M&Aや親族・所内承継を通じた「残し方」─
廃業と並ぶもう一つの選択肢が、「譲渡」です。これは、税理士事務所の資産・顧問先・職員などを、他の税理士や法人に引き継いでもらう方法です。譲渡にはいくつかのパターンがあります。
1つは、親族や職員による承継。 所長の子どもや長年勤めた職員が税理士資格を持っている場合、自然な流れでバトンを渡すことができます。
もう1つは、M&Aによる第三者への譲渡です。 最近では、税理士専門のM&A仲介会社も増え、譲渡の選択肢が広がっています。 M&Aといっても、大手企業の買収劇のようなものではなく、実際には「個人事務所を、別の税理士が引き継ぐ」といった形が多いです。譲渡のメリットは、何よりも「顧問先や職員の生活を守れる」ことです。 突然の廃業と違い、事前に関係者に説明をし、スムーズな引き継ぎができます。また、税理士として築いてきた信用や実績、地域への貢献といった「目に見えない資産」を未来へつなげることができます。特に、顧問先が中小企業や個人事業主であれば、長年の付き合いを大切にする傾向が強く、引き継ぎへの配慮は非常に喜ばれます。
譲渡は、単に「売る」というより、「託す」「つなげる」選択肢と捉えると、意味合いが変わってきます。「終わらせる」ではなく「未来につなぐ」ことができる。それが、譲渡の大きな価値です。
4.M&Aを活用するには?「売れる事務所」の条件
─財務だけでなく、属人性・職員体制・業務フローがポイントになる理由─
譲渡という選択肢を現実のものにするには、第三者に事務所を託すための準備が必要です。その中でも近年、注目されているのが「M&A」という手法です。M&Aとは、税理士業界では「事務所の経営権を別の税理士に引き継ぐ」ことを指します。 個人事務所であっても、M&Aの対象となる時代になっています。特に近年は、後継者不足に悩む所長税理士と、顧客基盤を求める若手税理士のニーズが合致しやすくなっており、M&A仲介会社が間に入ってマッチングを行うケースも増加しています。
では、どのような税理士事務所が「M&Aで引き継がれやすい=売れる事務所」なのでしょうか。一つは、「属人性の低さ」です。つまり、所長がいなくなっても業務が回るようになっているかどうか。顧問先との関係が所長個人に強く依存している場合、引き継ぎが難しくなり、買い手がつきにくくなります。
次に重要なのが、「職員体制と業務フローの整備」です。 スタッフがしっかり育っており、日常業務のマニュアルやツールが整っていれば、引き継ぎ後もスムーズに稼働します。逆に、業務が所長の頭の中にしかない状態では、引き継ぐ側にとってリスクが高くなります。
もちろん、「財務状況」も無視できません。 顧問料の安定性、売上の推移、顧問先の業種バランスなどが評価されます。特定の業種や一部の大口顧客に偏っていると、買い手側からは警戒されることもあります。
また、「事務所の場所」や「地域での評判」も重要です。 たとえば地方都市の中心地にある事務所で、長年にわたり地元企業を支援してきたようなケースでは、譲渡後も顧問先の信頼を維持しやすく、買い手にとって魅力的です。こうしたポイントを意識しながら、日ごろから事務所の体制を整えることが、結果としてM&Aの成功につながります。
M&Aはただの“売買”ではなく、事務所の未来を託すプロセスです。だからこそ、「選ばれる事務所」づくりを意識しておくことが重要なのです。
5.譲渡と廃業、どう決める? それぞれの“準備と覚悟”
─廃業は身軽さ、譲渡は継続性─
税理士として長年働いてきた中で、自分の事務所を「終わらせる」とき、譲渡と廃業のどちらが良いか、この問いに正解はありません。それぞれの方法には、異なる“覚悟”と“準備”が求められます。
たとえば、廃業を選ぶ場合、必要なのは「身の回りを整理し、静かに引退する」という決断力です。 顧問先との関係を自ら終わらせ、職員の未来も一度リセットされることを受け入れなければなりません。この選択には、「もう十分やり切った」「責任をもって終えたい」という思いがあることが多く、スッキリした気持ちで第二の人生に入れるという利点もあります。
一方、譲渡(特にM&A)を選ぶ場合には、「誰かに託す」という視点が重要になります。その過程では、買い手との面談、顧問先への引き継ぎ挨拶、スタッフへの対応など、やるべきことが多岐にわたります。 しかし、その分、これまで築いてきた信頼や組織を「残す」ことができ、自分の仕事が社会にとって必要とされていたという実感も得やすくなります。
決断にあたっては、ライフプランも大きく関わってきます。 たとえば、「引退後も少しだけ働きたい」という希望がある場合、M&A後に“顧問税理士”として継続勤務するような契約も可能です。逆に、完全に業界から離れて旅行や趣味に専念したい人には、廃業が合うかもしれません。
また、地域社会への貢献という観点もあります。 長年付き合ってきた地元企業や個人事業主に、税理士の不在という“空白”を残したくないのであれば、譲渡を通じて事務所を残すことは、地域の経済インフラを守る行為にもつながります。
どちらの選択肢を選ぶにせよ、早めにシミュレーションをしておくことで、「後悔しない終わり方」ができるようになります。 税理士としてのキャリアの締めくくり方──それは、自分らしさを表す“最後の仕事”なのかもしれません。
6.まとめ:どちらも未来につなぐ「終わらせ方」
─M&Aも廃業も“失敗しない出口戦略”─
「譲渡か、廃業か?」という問いに明確な答えが出せなくても、大切なのは“考え始めること”です。税理士事務所は、所長の意思で未来が決まります。逆に言えば、「何もしないまま終わってしまう」のが、もっともリスクの高い選択肢だと言えるでしょう。
事務所を廃業するにせよ、M&Aを通じて譲渡するにせよ、それはすべて「未来に向けた選択」です。廃業ならば、人生の第二章に集中できる自由があります。譲渡ならば、想いと信用を次世代に託すことができます。重要なのは、「自分にとって何が一番納得のいく形か」を、早い段階から意識しておくことです。
今から準備できることは、下記の通りたくさんあります。
業務フローや顧問先リストの整理
スタッフへのヒアリングと育成
ライフプランの見直し
M&A情報や仲介会社の情報の収集
他の税理士とのネットワークづくり
特にM&Aを視野に入れる場合には、専門家との連携や情報収集が鍵を握ります。最近では、無料相談を受け付ける税理士M&A専門会社も増えており、「まず話を聞くだけ」でも十分な第一歩になります。税理士という職業は、社会にとって欠かせない存在です。 だからこそ、その“終わらせ方”もまた、社会への責任が問われます。
どちらの道を選んでも、「後悔しない」「引き継ぎに悔いがない」終わり方ができるよう、今から備えていきましょう。 それが、税理士としての最後の“価値ある仕事”になるのです。





コメント