税理士事務所のM&Aにおけるトラブルの回避方法~交渉段階編~
- 小杉 啓太

- 7月1日
- 読了時間: 6分
近年、税理士業界でもM&A(譲渡・合併)が活発になっています。税理士事務所の所長として、事業承継や規模拡大、後継者問題の解決手段としてM&Aを検討する機会が増えているのではないでしょうか。しかし、M&Aは通常の業務とは異なる複雑さがあり、税理士事務所ならではのトラブルも多発しています。とくに契約締結前の段階では、情報の不透明さやコミュニケーションの行き違いが原因で、思わぬ問題が発生しやすいのが実情です。
本記事では、税理士事務所のM&Aにおいて契約締結前に起こりやすいトラブルとその回避方法について、税理士の皆さまが実務で役立てられるよう分かりやすく解説します。M&Aを円滑に進め、職員や顧問先にとっても安心できる取引を実現するためのポイントを整理しました。税理士事務所の所長として、ぜひ参考にしてください。
1.契約前に起きやすいトラブル
税理士事務所のM&Aを進める際、信頼できる仲介会社や知人の紹介を通じて譲渡候補先が見つかったとしても、その後のやり取りの中で思わぬトラブルが発生することがあります。とくに税理士事務所のM&Aでは、情報の不透明さが原因となるケースが少なくありません。たとえば、以下のような事例がよく見受けられます。
これらは、税理士事務所のM&Aにおいて非常に多いトラブルの種です。M&Aの仲介会社が間に入っていれば、情報の整理や調整を行ってくれることが多いですが、当事者同士だけで進める場合には、こうしたリスクを見逃してしまうこともあります。
税理士事務所のM&Aでは、候補先とのやり取りの中で「ちょっとした思い違い」が後々の大きなトラブルにつながることもあります。たとえば、顧問先の引き継ぎ範囲やサービス内容について、口頭だけで済ませてしまうと、後で「聞いていなかった」と言われるリスクが高まります。小さな疑問や不安もその都度確認し、記録に残しておくことが望ましいでしょう。
また、M&Aの現場では「事前調査(デューデリジェンス)」が不十分なために、後から思わぬリスクが発覚することも珍しくありません。たとえば、財務状況や契約内容、顧問先との関係性など、細かな点まで確認を怠ると、統合後にトラブルが表面化し、事務所全体の信頼や経営に大きな影響を及ぼすことになります。
こうしたリスクを避けるためにも、M&Aの初期段階から正確かつ詳細な情報開示を徹底し、候補先の選定や交渉に臨むことが重要です。とくに契約条件の曖昧さや認識のズレは、後々の大きなトラブルの原因となりますので、慎重な対応が求められます。
2.契約交渉でのすれ違い
税理士事務所のM&Aでは、契約交渉の段階で意思疎通の不足や「温度差」による不信感が生じやすいのも特徴です。たとえば、譲渡側と譲受側で次のようなすれ違いが起こります。
譲渡側:
「何十年もかけて築いてきた文化ややり方、職員との信頼関係をできるだけ残したい」
譲受側:
「譲渡先の文化ややり方を尊重しながらも、今後の業務効率や生産性のために、ルールやフローを一部見直したい」
税理士事務所のM&Aは、単なる数字のやりとりではなく、「人と信頼」に根ざした事業の引き継ぎです。そのため、譲渡側・譲受側の双方が大切にしている価値観や、事務所の文化、職員・顧問先への説明方針など、金額や条件とは別の部分でしっかりと話し合う必要があります。
交渉の初期段階で、譲渡側・譲受側それぞれが「譲れないこと」や「大切にしたいこと」、事務所の文化や体制にどこまで関与したいのか(引退後の譲渡側のスタンスも含めて)、職員や顧問先にどのように説明していくか、などを明確にしておくことが重要です。
また、税理士事務所のM&Aでは、コミュニケーションのズレが後のトラブルにつながることも多くあります。たとえば、契約書の内容や条件について十分な説明や合意がなされていないと、解釈の違いから紛争に発展するリスクもあります。交渉の段階で「言った・言わない」や「そんなつもりではなかった」といった認識のズレを防ぐためにも、書面での記録や第三者の同席を活用し、双方が納得できる形で合意形成を進めることが大切です。
3.事前の準備や仕込みでトラブルを防げる
税理士事務所のM&Aにおけるトラブルの多くは、「情報が共有されていなかった」あるいは「共有されていたが理解が不十分だった」といった、コミュニケーションと情報整理の不足から生じます。契約直前になって慌てて詰めるのではなく、初期段階での“仕込み”がトラブル回避の鍵となります。たとえば、以下のような事前準備が有効です。
こうした情報を早い段階で整理し、譲受側に正確に伝えることで、M&A交渉がスムーズに進み、後のトラブルを大幅に減らすことができます。
また、トラブルを完全にゼロにすることは難しいものの、起こる可能性を減らし、万が一発生した場合の対処を想定しておくことは十分可能です。こうした“備え”が、税理士事務所のM&Aの成否を大きく左右します。
さらに、M&A交渉の現場では、譲渡側と譲受側が同じ言葉を使っていても、意味や意図がずれていることがあります。そのため、第三者であるM&A仲介会社や専門家のサポートを活用するのも有効です。税理士自身がM&Aの専門知識を持っていない場合は、税理士事務所のM&Aに精通した専門家やアドバイザーと連携し、情報の整理や交渉のサポートを受けることで、より安全に取引を進めることができます。
税理士事務所のM&A準備では、事務所の強みや課題を客観的に洗い出すことも大切です。たとえば、どの顧問先が長期的な信頼を築けているか、逆にリスクの高い取引先はどこかなど、第三者の視点で見直すことで新たな気づきが得られます。所長自身が自事務所を見つめ直す良い機会にもなります。
税理士事務所のM&Aは、税務や会計の知識だけでなく、法務や人事、経営全般にわたる幅広い知識と経験が求められます。自事務所だけで対応が難しい場合は、信頼できる専門家や仲介会社と協力し、事前準備を徹底することがトラブル回避の近道です。
4.まとめ
税理士事務所のM&Aは、通常の税務顧問業務とは異なる多くのリスクと課題を伴います。とくに契約締結前の段階では、情報の不透明さやコミュニケーションの不足、条件の曖昧さがトラブルの原因となりやすいものです。
M&Aの初期段階から正確な情報開示と整理、譲渡側・譲受側の双方の価値観や希望の明確化、そして第三者のサポートの活用を意識することが、トラブル回避のポイントです。また、税理士事務所のM&Aに精通した専門家やアドバイザーを活用し、必要に応じて専門家と連携することで、より安全かつ円滑な取引を実現できます。
実際に、税理士事務所のM&Aの失敗事例として「想定外の顧問先離脱」「職員の大量退職」「買収後の経営方針の違いによる混乱」などが報告されています。こうしたトラブルは、事前の情報共有やコミュニケーション不足が主な原因です。税理士事務所の所長として、税理士事務所のM&Aを成功に導くためには、単なる条件交渉だけでなく、関係者全員が納得し、安心できる環境づくりが不可欠です。
税理士事務所のM&Aは事務所の将来を左右する大きな決断です。トラブルを未然に防ぎ、職員や顧問先にも安心してもらえるよう、しっかりと備えて進めていきましょう。税理士事務所のM&Aが、すべての関係者にとってより良い未来をもたらすことを願っています。




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