税理士事務所のM&Aにおける「競業避止義務」とは?
- 小杉 啓太

- 1 日前
- 読了時間: 6分
税理士事務所のM&Aを検討する際は、譲渡後にどのような関わり方をするかによって、検討すべきポイントが大きく変わります。実務上は、譲渡後すぐに譲渡側の所長が完全に離れるケースは少なく、一定期間は譲渡先の事務所において引き継ぎや現役としての関与を続けることが一般的です。そのうえで、こうした役割を終えて譲渡先の事務所を離れ、新たな挑戦を考える場合に特に重要となるのが「競業避止義務」です。
一般的に、税理士事務所の譲渡契約には「一定期間、特定の地域において税理士業務を行わない」といった条項が盛り込まれます。たとえば、「〇年間は税理士業務を行わない」「特定のエリアでは活動しない」「第三者を通じて実質的に税理士業務を行うことも禁止する」といった内容です。
ただし重要なのは、これらの競業避止義務は税理士資格そのものを制限するものではないという点です。税理士登録を否定するものではなく、あくまで契約上の取り決めとして、一定の範囲で業務を控えるという位置付けです。それでも、税理士にとっては自身の働き方に直結する重要な制約であるため、その内容を十分に理解しないまま契約を締結することは避けるべきです。
一方で、なぜ競業避止義務が必要とされるのかも理解しておく必要があります。譲受側の事務所にとって重要なのは、引き継いだ顧問先との関係を安定させることです。顧問契約を引き継いだ後に、譲渡側の所長が再び税理士としての活動を開始し、顧問先が戻ってしまうような事態は避けなければなりません。
これは、退職した職員が顧問先を持ち出してしまうリスクと本質的に同じです。税理士事務所にとって顧問先は経営の基盤であり、その安定性を守るために競業避止義務が設定されます。
したがって、税理士事務所のM&Aにおける競業避止義務は、形式的な条項ではなく、事業の継続性を支えるための実務的な仕組みです。税理士としての今後の関わり方を考える上でも、この点を前提に理解しておくことが重要です。
税理士事務所の競業避止義務を検討するうえで、特に重要になるのが「範囲」と「期間」です。この2点が曖昧なまま契約を締結すると、譲渡先の事務所を離れる際に想定外の制約を受ける可能性があります。
まず「期間」については、数年単位で設定されることが一般的です。一定期間、税理士としての活動に制約がかかることになりますが、過度に長い期間は合理性を欠くと判断されることもあり、現実的にはバランスが求められます。
次に「地域」の問題です。税理士事務所の場合、税理士会の管轄や事務所の所在地を基準として設定されることが多いですが、これも広すぎる範囲になると実質的に税理士として活動できなくなるおそれがあります。
さらに重要なのが、「何が競業に該当するか」という点です。税理士業務は幅広く、申告業務だけでなく、記帳代行や各種相談対応なども含まれます。どこまでが制限対象となるのかを明確にしておかなければ、意図せず競業に該当してしまうリスクがあります。
また、「第三者を通じた関与」についても注意が必要です。たとえば、自らは表に出ず、別の事業者を通じて税理士業務に関与する場合でも、競業とみなされる可能性があります。
税理士事務所のM&Aでは、こうした内容が契約書に盛り込まれますが、内容を十分に理解しないまま締結すると、譲渡先の事務所での引き継ぎ期間終了後、譲渡先の事務所を離れる段階に新たな活動を始めようとした際に制約となる可能性があります。
そのため、税理士として将来どのような働き方をしたいのかを事前に整理し、それに応じて競業避止義務の範囲を検討することが重要です。税理士としてのキャリアを完全に終了するのか、それとも別の形で活動を続けるのかによって、適切な条件は大きく異なります。
税理士事務所のM&Aにおいて、競業避止義務は重要な要素ではありますが、その内容が一律に決まっているわけではありません。実務上は、双方の合意により調整されるケースも多く見られます。
特に重要なのは、契約締結前の段階で、自身の意向を明確にしておくことです。引き継ぎ期間等の現役続行期間を終えて事務所を離れた後に、「完全に引退するのか」「一定期間後に税理士として復帰したいのか」「別事業と並行して活動したいのか」といった点を整理しておく必要があります。
そのうえで、競業避止義務の内容について譲受側の事務所とすり合わせを行います。たとえば、全面的な業務禁止ではなく、一定の条件のもとで活動を認めるといった調整も現実的な選択肢です。
実際の事例として、事務所の譲渡後に別事業を進めることをあらかじめ決めていた所長が、「流入経路を限定する」という形で競業を回避したケースがあります。このケースでは、能動的な営業活動や広告による新規顧客の獲得は行わない一方で、紹介や既存の人脈から自然に発生する依頼については対応可能とする取り決めがなされました
このように設計することで、譲受側の事務所の顧問先を守りながら、譲渡側の所長も一定の範囲で活動を継続することが可能になります。もちろん、すべてのケースで柔軟な調整が可能とは限りませんが、事前に意向を整理し、具体的に伝えることで、現実的な落としどころを見つけられる可能性は高まります。
また、譲渡後も譲受側の事務所に在籍し続け、組織内で役割を変更しながら、新たな業務分野への挑戦や、これまでとは異なる形での関与に取り組むことも可能です。このような形であれば、競業避止義務の問題は基本的に生じません。加えて、これまでの経験を活かしながら、無理のない形で関与を続けることができます。
重要なのは、「与えられた条件をそのまま受け入れる」のではなく、自身の将来像を前提に条件を検討する姿勢です。税理士事務所のM&Aは、重要な意思決定であり、その後の人生にも大きく影響しますので、事前に十分な検討と準備を行い、納得できる形で進めることが何より重要です。
税理士事務所のM&Aにおいて、競業避止義務に関するトラブルを防ぐためには、事前の準備が不可欠です。特に、引き継ぎ期間等の譲渡先の事務所での現役続行期間を終えて、事務所を離れた後に、どのような働き方をしたいのかを具体的にしておくことが適切な契約条件を導く鍵になります。
たとえば、完全に現場を離れる想定であれば、競業避止義務の制約は大きな問題にならないかもしれません。一方で、「将来的に再び税理士として活動したい」「別の分野で事業を行いたい」と考えている場合には、制約が大きな障害となる可能性があります。
また、一度引退したものの、時間が経ってから再び働きたいと感じるケースもあります。そのような場合に備えて、一定の柔軟性を持たせた条件を設定しておくことが望ましいです。
さらに、譲渡先の事務所の選定も重要です。条件面だけでなく、自身の希望する関わり方が実現できるかという観点で候補先を比較することが必要です。譲渡先の事務所を離れる際も顧問やパートナーとして関与できる形であれば、競業避止義務による制約を受けにくくなる場合もあります。
税理士事務所のM&Aは、単なる事業の引き継ぎではなく、今後のキャリアのあり方を左右する重要な転機です。競業避止義務の内容を正しく理解し、将来像と照らし合わせて検討することで、より納得感のある意思決定につながります。
結果として、譲渡側・譲受側の双方にとって無理のない関係を築くことができ、M&A後の運営も安定しやすくなります。競業避止義務は制約である一方で、適切に設計することで、双方にとって合理的なルールとして機能します。




コメント