税理士事務所のM&Aで職員の雇用条件を引き継ぐ際の注意点

更新日:9 時間前
税理士事務所のM&Aを検討する際、譲渡する所長にとって大きな心配事の一つが「職員の雇用」です。長年一緒に働いてきた職員だからこそ、「これまでと同じように働き続けてもらえるのか」「給与や待遇が悪くならないか」と気になる所長は多いのではないでしょうか。
税理士事務所のM&Aでは、顧問先だけではなく、職員も一緒に引き継ぐことが一般的です。特に税理士事務所の場合、職員が顧問先とのやり取りや日々の会計処理を担っているケースも多いため、職員が継続して勤務してくれるかどうかは、M&A後の事務所運営にも大きく影響します。
一方で、譲渡側と譲受側の事務所では、給与体系や就業ルール、評価制度、退職金制度などが異なることも珍しくありません。今回は、税理士事務所のM&Aにおける「職員の雇用条件の引継ぎ」について、実際に問題になりやすいポイントと、その対応方法をご紹介します。
税理士事務所のM&Aで職員を引き継ぐ際、最初に問題になりやすいのが、譲渡側の事務所と譲受側の事務所の制度の違いです。たとえば、給与水準や勤務時間、休日、評価制度、賞与の考え方など、細かく確認していくと、それぞれの事務所で異なる部分が出てきます。
譲受側の事務所としては、自分の事務所で運用している制度に統一した方が管理しやすいでしょう。複数の拠点を運営する場合、それぞれ異なるルールが残っていると、管理が複雑になるという問題もあります。
しかし、M&Aと同時にすべての制度を変更することが、必ずしも良いとは限りません。職員からすると、事務所の経営者や名称が変わるだけでも大きな環境変化です。それに加えて給与や勤務時間、評価方法などまで一度に変わってしまうと、不安や不満につながる可能性があります。
そこで税理士事務所のM&Aでは、一定期間は譲渡前の就業ルールや待遇を維持する方法がとられることがあります。拠点が物理的に分かれている場合には、拠点ごとに異なる就業規則を運用することも考えられます。そのため、まずは既存のルールを維持し、職員が新しい環境に慣れてから、必要に応じて少しずつ制度を見直していく方法です。
譲受側の事務所にとって制度の統一は重要ですが、急いで統一した結果、職員が退職してしまっては本末転倒です。税理士事務所のM&Aでは、「最終的に制度をどうするか」だけではなく、「いつ、どのように変更するか」まで考えることが重要です。
次に問題になりやすいのが、退職金制度です。税理士事務所では、中退共などの外部サービスを利用して職員の退職金を準備しているケースがあります。
一方、譲受側の事務所では同様の退職金制度を設けておらず、確定拠出年金など別の制度を利用している場合もあります。そのため、譲渡側の事務所には退職金制度がある一方で、譲受側の事務所には同じ制度がないというケースも起こります。
この場合、「M&Aを機にこれまでの退職金を精算する」という方法も考えられますが、職員の年齢や今後の勤務期間によって判断は変わります。たとえば、長年勤務している職員が多く、定年が近い場合には注意が必要です。
M&Aのタイミングでまとまった退職金を受け取ることで、「ここを一区切りに退職しよう」と考える職員が出てくる可能性があるからです。税理士事務所では、ベテラン職員が長年にわたって複数の顧問先を担当しているケースがあります。その職員がM&A直後に退職すると、顧問先の引継ぎにも影響しかねません。そのため、すぐに制度を終了させるのではなく、既存の職員については一定期間これまでの制度を継続する方法を検討することもあります。
反対に、比較的若い職員が多く、今後も長期間勤務することを想定している場合には、旧制度を長期間残すことで制度が複雑になるという問題もあります。そのような場合には、M&Aのタイミングでこれまでの退職金を精算し、その後は譲受側の事務所の制度に切り替える方法も考えられます。
また、譲受側の事務所に代わりとなる制度などがない場合には、従来の掛金などを参考にしながら給与へ反映するなど、職員の待遇が大きく悪化しない方法を検討することもあります。退職金制度については、一律に「残す」「廃止する」と決めるのではなく、職員の年齢や勤続年数、譲受側の事務所の制度などを確認しながら設計することが重要です。
税理士事務所のM&Aでもう一つ問題になりやすいのが、有給休暇の残日数です。長く勤務している職員の場合、有給休暇が多く残っていることがあります。譲受側の事務所からすると、「M&A後にまとめて有給を取得されると、業務が回らなくなるのではないか」と心配になることもあるでしょう。特に確定申告期など繁忙期のある税理士事務所では、複数の職員が長期間休むことになれば、業務への影響は小さくありません。
事業譲渡によって新たに雇用契約を結び直す場合には、従前の有給休暇を当然にそのまま承継するわけではありません。しかし、法律上引継ぎが必要かどうかという問題と実際に職員がどう感じるかは分けて考える必要があります。
長年勤務してきた職員からすると、M&Aは自分自身が希望して行われるものではありません。それにもかかわらず、M&Aを理由にこれまで積み上げてきた有給休暇がなくなってしまえば、不満を感じるのも自然でしょう。
そのため、税理士事務所のM&Aの実務では、譲受側の事務所が有給休暇の残日数を実質的に引き継ぐ形で対応することも多くあります。譲渡側の所長がM&A後も一定期間事務所に残り、職員や顧問先の引継ぎを行うのであれば、職員が突然まとめて有給休暇を取得するリスクもある程度抑えられます。
実際に起こる可能性が低いリスクを過度に気にして、職員の待遇を大きく変えるよりも、これまで通り働きやすい環境を維持し、職員との関係を守る方が、結果として譲受側の事務所にとってもメリットが大きい場合があります。
ここまでご紹介した通り、税理士事務所のM&Aでは、職員の雇用を引き継ぐだけでもさまざまな問題が発生します。給与、就業ルール、評価制度、退職金、有給休暇など、確認すべき内容は少なくありません。
譲受側の事務所からすると、自分の事務所の制度へ早く統一したいと考えるのは自然なことです。ただし、税理士事務所のM&Aでは、制度をきれいに統一すること以上に、「職員に継続して勤務してもらうこと」が重要になるケースが多くあります。
税理士事務所は、一般的な会社以上に「人」に依存する部分が大きい事業です。担当職員しか把握していない顧問先の事情や、長年のやり取りの中で築かれた関係性もあります。
特に譲渡側の所長が徐々に業務から離れていく場合、既存職員が残っていることは、顧問先にとっても大きな安心材料となります。そのため、M&Aを実行する時点ですべてを譲受側の事務所の制度へ合わせるのではなく、まずは現在の雇用条件を可能な範囲で維持し、職員がM&A後の体制に慣れてから少しずつ変更していく方法も有効です。
職員にとって重要なのは、「M&Aによって自分たちの働き方がどう変わるのか」という点です。給与は変わるのか、勤務場所は変わるのか、有給休暇はどうなるのか、退職金はどうなるのか。
こうした疑問に対して事前に整理し、できる限り具体的に説明できる状態をつくっておくことが、職員の不安を抑えることにつながります。税理士事務所のM&Aは、譲渡契約を締結すれば終わりではありません。顧問先と職員がスムーズに新しい体制へ移行し、その後も事務所が安定して運営されて初めて、良い承継だったといえます。
これから税理士事務所の譲渡を検討する所長は、譲渡対価や相手となる税理士事務所・税理士法人だけではなく、「職員にどのような条件で残ってもらうのか」についても、早い段階から考えておくことをおすすめします。





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