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税理士事務所のM&Aで「拠点」の扱いはどうなるのか?

  • 執筆者の写真: 小杉 啓太
    小杉 啓太
  • 3 日前
  • 読了時間: 6分

 税理士事務所の譲渡を検討する際、多くの税理士がまず関心を持つのは譲渡価格や後継者となる税理士の人物像です。しかし、実務においてそれと同等、あるいはそれ以上に重要となるのが「拠点をどうするか」という論点です。税理士事務所は一般的な事業会社と異なり、地域との結びつきが非常に強く、「どこにある税理士事務所か」という点がそのまま信頼の源泉になっています。


 実際の税理士事務所の譲渡においては、拠点をそのまま維持するケースが大半を占めています。これは単なる慣習ではなく、税理士という業務の性質から見て合理的な判断です。顧問先は「いつもの場所にある税理士事務所」に対しても安心感を持っています。そのため、事務所の看板が変わっても拠点が変わらないという事実は、心理的な抵抗を大きく和らげます。


 例えば、顧問先への案内において「事務所の所在地・電話番号・体制は従来どおりです」と説明できる場合と、「税理士も場所も変わります」と説明する場合では、受け止め方が大きく異なります。前者であれば多くの顧問先は自然に受け入れますが、後者の場合は不安から契約見直しを検討する顧問先が出てくる可能性も否定できません。


 また、税理士事務所の職員にとっても、拠点の維持は極めて重要です。税理士事務所の職員は長期間勤務する傾向があり、生活基盤が通勤ルートと密接に結びついています。税理士事務所の譲渡に伴って勤務地が変わる場合、通勤時間の増加や家庭への影響が生じ、結果として離職につながるリスクがあります。特に中核となる職員が離脱すると、譲受側の事務所にとっても大きな損失となります。


 さらに、長年同じ場所で営業している税理士事務所は、その立地自体がブランドとなっています。「あの場所にある税理士事務所」として地域住民や金融機関に認識されており、それが新規顧客の紹介や相談のきっかけになっています。このような税理士事務所では、拠点を維持すること自体が事業価値の維持に直結します。


 このように、税理士事務所における拠点は単なるオフィスではなく、信頼・人材・ブランドの三つを支える基盤です。そのため、多くの税理士が譲渡後も拠点を継続する判断をしているのです。



 拠点の継続は、譲渡側の税理士だけでなく、譲受側の税理士にとっても大きな戦略的メリットがあります。特に、既存エリア外への進出や事業拡大を検討している譲受側の税理士にとっては、拠点付きで税理士事務所を引き継ぐことは極めて有効な手段です。


 通常、新たなエリアで税理士事務所を立ち上げる場合、顧客獲得、認知向上、人材確保といった課題に直面します。しかし、既存の税理士事務所を承継する場合には、すでに顧問先が存在し、地域における信頼も蓄積されています。つまり、ゼロから立ち上げる場合と比較して、時間とコストを大幅に削減することが可能です。


 また、拠点があることにより、その地域での営業活動も展開しやすくなります。金融機関や他士業と関係を構築する際にも、「その地域に事務所がある」という点は大きな信用材料となります。結果として、単なる引継ぎにとどまらず、そのエリアでのさらなる顧問先拡大につながるケースも多く見られます。


 このように、税理士事務所の拠点は、譲受側の税理士にとっても「単なる場所」ではなく、「成長の足がかり」としての意味を持ちます。その価値を正しく評価することが、適切な意思決定につながります。



 もっとも、すべての税理士事務所で拠点を維持するわけではありません。譲受側の事務所が近隣にある場合や、運営効率の観点から、拠点を集約するという判断がなされることもあります。ただし、この判断は慎重に行う必要があります。


 まず最も重要なのは、職員への影響です。税理士事務所は職員への依存度が高い業種であり、優秀な職員の定着が経営の安定に直結します。拠点を集約することで通勤時間が大幅に増加する場合、離職のリスクが高まります。そのため、事前に個別ヒアリングを行い、通勤手当の見直しや在宅勤務の導入など、柔軟な対応を検討することが求められます。


 次に重要なのが、顧問先への説明です。税理士事務所の移転は、顧問先にとって少なからず不安要素となります。そのため、「なぜ移転するのか」「サービス品質に影響はないのか」「担当者は変わらないのか」といった点を、丁寧に説明することが重要です。ここでの対応が不十分だと、信頼関係に影響が出る可能性があります。


 また、譲渡から所長の引退までの期間が短い場合には、一定期間のみ拠点を維持するという方法も現実的です。例えば、1年から2年程度の引継ぎ期間を設け、その間は従来の事務所の拠点を維持し、徐々に新体制へ移行していく方法です。このような段階的な移行は、顧問先や職員にとっても受け入れやすく、結果としてスムーズな承継につながります。


 拠点の集約はコスト面では合理的に見えることもありますが、税理士事務所においては「人」と「信頼」への影響を慎重に見極めることが不可欠です。



 税理士事務所の拠点をどう扱うかは、不動産の形態によっても対応が異なります。まず賃貸物件の場合、一般的には契約名義を譲受側の事務所に変更する方法が採られます。ただし、オーナーの承諾や手続きの負担を考慮し、あえて契約名義を譲渡側の所長のままとするケースも少なくありません。


 この場合、譲受側の事務所が賃料相当額を譲渡側の所長(賃貸契約者)に支払う形となりますが、実務上は管理費、修繕費、更新料などの取り扱いを明確にしておく必要があります。金銭に関する曖昧さは後のトラブルの原因となるため、書面で整理しておくことが重要です。


 一方、所長が物件を所有している場合には、譲渡後も事務所として使用する対価として賃料を設定するケースが一般的です。ここでのポイントは、適正な水準の設定です。相場とかけ離れた賃料は、譲受側の事務所の収益を圧迫し、長期的な関係に悪影響を及ぼす可能性があります。


 さらに、自宅兼事務所や自宅敷地内に事務所があるケースでは、判断が分かれます。引退後は完全に切り離したいと考える税理士もいれば、慣れ親しんだ場所で税理士事務所を継続してほしいと考える税理士もいます。この点は、譲渡側の税理士の個人のライフプランや価値観に大きく依存するため、事前に十分な協議が必要です。


 税理士事務所の拠点は、単なる物理的な場所ではなく、事業そのものを支える重要な要素です。賃貸か所有か、自宅か独立オフィスかといった違いを踏まえながら、譲渡側・譲受側の双方の税理士で丁寧に条件を整理し、双方にとって無理のない形を構築することが求められます。


 最終的にどのような形を選択する場合であっても、重要なのは顧問先と職員の視点を軸に考えることです。税理士事務所の譲渡は単なる契約手続きではなく、これまで築いてきた信頼関係を引き継ぐプロセスでもあります。そのため、拠点の扱いについても、利便性や安心感を損なわないかという観点から慎重に判断する必要があります。こうした点を踏まえながら、自事務所の状況や方針に応じて無理のない形を選択していくことが、結果として円滑で安定した承継につながります。



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