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税理士事務所M&Aの設計図 ― 税務・評価・統合後経営までをどう組み立てるか

  • 執筆者の写真: 小杉 啓太
    小杉 啓太
  • 2月9日
  • 読了時間: 6分

 税理士業界におけるM&Aというと、「小規模事務所が業務拡大を望む大手に吸収される」という構図を想起される方も多いでしょう。しかし、実際に増えているのは「少が大に売却する」関係ではなく、「事業拡大」という同じ目的を持つ税理士同士が、対等な立場で経営統合するケースです。


 背景には、顧問先の高齢化、業務のデジタル化、採用力の限界といった環境要因があります。単独での成長に限界を感じた税理士が、理念や文化の近い他事務所と手を組み、新たな体制で拡大を目指す、この「共創型統合」は、いまや税理士事務所のM&Aの主流になりつつあります。


 とくに東京都心部だけでなく、地方圏でも「地域連携型M&A」が増加しています。近隣同業者と協働することで、業務領域の重複を減らし、採用・育成・営業を共同化できるという経営的メリットが大きいからです。


 かつては「引退のための売却」だった動機が、「発展のための統合」へと変化しており、この発想転換こそ、税理士業界が一段階成熟してきた証といえるでしょう。



 税理士個人事務所を譲渡したとき、その所得区分を正確に理解しておくことは極めて重要です。


国税庁の個別通達

「『税務および経理に関する業務』の譲渡に伴う所得の種類の判定について」


 上記の国税庁の個別通達では、税理士が顧問先を他者に引き継ぐ際の所得は「雑所得」に分類されると明記されています。理由は、顧問契約の主体が税理士個人であり、譲受側との契約は新たに結び直す形になるため、実質的には「顧問先をあっせんした対価」と見なされるからです。


 つまり、事務所まるごとの譲渡であっても、その取引の本質は「顧問先を紹介した報酬」。譲渡所得ではなく雑所得として総合課税の対象となるため、累進税率が適用され、結果として税負担は重くなります。たとえば譲渡額が1億円の場合、実効税率で40〜50%に達することも少なくなく、手残りは半分以下になります。


 この特性を踏まえると、「どのように支払い構造を組み、どの時点で課税が発生する形にするか」という設計が非常に重要になります。税理士事務所のM&Aを単なる「売買契約」としてではなく、複数年にわたる「専門業務引継契約」として構成する発想が求められます。



 税理士事務所は通常、在庫や有形設備が少ないため、企業価値評価の基礎は「継続的収益力」に置かれます。一般的な基準として、年間営業利益の3〜4倍が相場とされます。売上1億円、従業員12名、営業利益2,500万円の事務所なら、その評価レンジは7,500万〜1億円前後が妥当な目安になります。


 しかし、実務では複数の補正要因が加味されます。代表的なのは、「顧問先維持率」「職員の定着性」「過去の解約率」「平均顧問単価」「クラウド対応度」といった“定性的指標”です。とくに近年は、システム運用力や研修体制の充実度が評価に直結する傾向が強まっています。


 また、価格交渉でしばしば論点となるのが「支払タイミング」です。譲渡直後の離職や契約解約リスクを避けるため、「顧問先維持率に応じた分割支払い」が採用される例が多く、これが実質的なロックアップと同じ働きを果たします。


 このように、税理士事務所のM&Aの現場は単純な値付け交渉ではなく、双方の信頼関係を前提とする人的な調整こそが鍵になります。



 税負担を軽減しながら円滑な引継ぎを実現する手法として、実務でよく用いられるのが「数年間のロックアップ期間を設けた退職金支給スキーム」です。これは、譲渡側の税理士が統合先法人に数年間在籍し、その間に顧問先の契約移行を完了させたうえで退職時に一括金として受け取る形です。退職所得として扱われるため、勤続年数による控除が適用され、課税所得を大幅に圧縮できます。この方式は、譲渡側・譲受側双方にとってメリットがあります。譲受側は引継ぎ期間中に顧問先の信頼を継続でき、譲渡側は「一気に譲渡して終わり」ではなく、段階的に関与を終えることができます。


 ただし注意が必要なのは、退職金の算定根拠を明確にしておくことです。単に「M&A代金(譲渡対価)を退職金と称する」だけでは否認リスクがあり、実質的に退職の事実が認められる必要があります。そのため、契約書の設計段階から前提条件を整理し、事前に設計しておくことが重要です。



 税理士事務所のM&Aを成功に導くうえで最も難しいのは、統合後の“文化的融合”です。税理士事務所は業務の属人的色が強く、代表税理士の価値観や仕事観が職員全体に浸透しているケースが多いものです。経営統合後に、報告・承認ルールや業務分担の基準が異なると、ささいな意見の違いから摩擦が生じやすくなります。


 そのため、統合初期段階に「共通の意思決定ルール」「報酬体系の統一」「顧問料金表の整理」などを明文化し、混乱を防ぐことが大切です。とくに複数代表制を取る場合は、意思決定のスピードと透明性をどう両立させるかがカギになります。パートナー間の役割分担(営業・教育・管理など)を明確にし、ガバナンスを意識した組織運営を早期に確立することが、長期的な統合の安定につながります。


 また、職員への説明も非常に重要です。「経営統合=売却・吸収」と誤解されると、優秀な人材が離脱してしまうおそれがあります。目的は事業拡大であり、雇用継続と成長機会の提供であることを明確にし、オープンな情報共有を徹底することが、信頼関係の維持には欠かせません。



 今後、税理士事務所のM&Aは「規模と効率の統合」から「専門性と機動力の融合」へと進化していくと考えられます。AI・クラウド・RPAなどの技術導入により、定型的な記帳業務の比重は急速に低下しています。その結果、事務所の競争力は「誰がどの分野の強みを持っているか」「どの顧客層に深く入り込めるか」に移行しつつあります。


 この変化に対応するため、多くの事務所では「専門部門ごとの統合」や「地域ブロック単位での協業モデル」が模索されています。たとえば医療専門特化事務所と中小製造業特化事務所が合流し、双方の業種ノウハウを共有することで、より幅広い顧問先に対応する、これも立派な「機能的統合」です。


 今後は、税理士個人の「引退対策」としてのM&Aに留まらず、チーム経営・共同経営を通じた発展型統合がますます増えていくでしょう。



 税理士事務所のM&Aを成功させる鍵は、「税務上の有利・不利」だけでは判断しないことです。数字の裏には、顧問先・従業員・経営者の想いがあります。統合の最終目標は事務所の“存続”ではなく、“発展”です。共通の理念を持つパートナーと手を取り合い、それぞれの強みを組み合わせることでこそ、単独では実現できなかった価値を生み出すことができます。


 税理士業界は今、まさに転換期を迎えています。税理士事務所のM&Aは終点ではなく、新しい経営のスタートです。「誰に託すか」を超えて、「どの未来を一緒に描くか」。それが、これからの税理士事務所のM&Aにおける本当のテーマと言えるでしょう。


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