税理士事務所の譲渡対価は何所得?
- 大竹 邦明
- 4月12日
- 読了時間: 5分
1.税理士事務所の譲渡対価は「雑所得」
この記事では、税理士が自らの税理士事務所を他の税理士に引き継ぐ際に得られる「譲渡対価」について解説します。
ここで対象となるのは個人の税理士事務所であり、税理士法人は含まれていません。
まず、税理士事務所の譲渡で得られる譲渡対価は「雑所得」として扱われるのが一般的です。雑所得は「総合課税」の対象であり、他の所得(事業所得、給与所得など)と合算されて課税されます。税理士の多くはすでにある程度の所得を得ているため、譲渡対価が加算されることで所得全体が高額になり、累進課税によって非常に高い税率が適用されてしまうことがあります。
たとえば、年間の所得が1,200万円の税理士が、税理士事務所を他の税理士に譲渡し、5,000万円の譲渡対価を一括で受け取ったとしましょう。
この場合、その年の総所得は6,200万円となり、税率は最高税率(45%)に近づく可能性が高くなります。さらに、住民税(概ね10%)や復興特別所得税なども加わるため、実際の税負担は非常に重くなり、手取りとして残る金額はおおむね3,000万円台前半程度にまで減少することも珍しくありません。
税理士として、事務所の価値を評価し、譲渡対価がいくらになるかを考えることはもちろん大切ですが、同時に「その譲渡対価がどのような所得に分類されるか」「税金がどの程度引かれるか」までを踏まえた手取り額のシミュレーションが重要です。
2.「雑所得」とされる理由
それでは、なぜ税理士事務所の譲渡対価は「雑所得」とされ、「譲渡所得」として扱われないのでしょうか。ここには税法上の明確な根拠があります。
まず、税理士事務所というのは、法律上「営業権」が認められていません。
つまり、飲食店や小売店のように、営業権(のれん代)を有する資産とはみなされないということです。税理士業務は個人の信頼・人格・専門知識に基づくものであり、他人に完全に引き継げる「資産」とは評価されないのです。
このため、税理士事務所の譲渡によって得られる譲渡対価は、「資産の譲渡による所得(譲渡所得)」としてではなく、「その他の所得(雑所得)」に分類されるのです。
これは、過去の国税庁の見解や判例、税務大学校の事例集などでも明確に示されており、税理士である私たちが個別に「譲渡所得にしたい」と主張しても、基本的には認められません。
税理士として、自らの専門性が高く評価される一方で、事務所自体が独立した営業資産として扱われないのは少し残念にも感じるかもしれません。
しかし、これが税制上の大前提である以上、どうやって雑所得の不利な点を軽減するかを考えることが建設的です。
3.譲渡対価の手取りを増やす工夫
譲渡対価が雑所得として総合課税の対象となる以上、税率が上がることによる手取りの減少は避けられません。ただし、税理士として工夫できる点は多くあります。ここでは、譲渡対価の手取りを少しでも増やすための現実的な方法をいくつか紹介します。
第一に、譲渡の時期を工夫することです。
可能であれば「1月」に譲渡を実行することで、その後の1年間はできるだけ所得を抑える働き方に切り替えることができます。たとえば、1月に譲渡して4月以降はほとんど働かず、所得を大きく抑えることで、譲渡対価が高くても課税対象となる総所得は抑えられる可能性があります。
第二に、譲渡対価を一括で受け取るのではなく、報酬や退職金という形で分割して受け取る方法です。たとえば、譲渡後も数年間は譲渡先事務所に在籍し、その間は役員報酬として一定額を受け取り、最終的には退職金としてまとまった金額を受け取るといった設計です。退職金は「退職所得」として扱われ、所得税の計算上、非常に有利な税制が適用されます。特に5年以上在籍した場合には退職所得控除の幅が広がるため、実質的な節税効果は非常に大きいです。
第三に、もし会計法人を所有している場合は、その株式を譲渡することで譲渡所得として処理できる可能性があります。法人株式の譲渡であれば、分離課税で税率も20%程度と抑えられ、総合課税よりも手取りが増える可能性があります。また、法人を譲渡できない場合でも、法人名義で譲渡対価を受け取り、その後、法人を退職して退職金を得るという方法も現実的です。
さらに注意すべき点として、倒産防止共済や生命保険など、法人や個人事業で契約しているものを解約する必要がある場合、それによる解約返戻金が発生します。これがその年の所得に加算されてしまうと、譲渡対価と合わせて所得が跳ね上がり、さらに税率が高くなる原因となります。これらの資産の処理時期は、譲渡とは別のタイミングで調整するのが賢明です。
税理士として、こうした制度を自分自身にも適用して計画的に行動することで、譲渡対価の手取り額を大きく左右することができるのです。
4.まとめ
税理士事務所を譲渡する際に得られる譲渡対価は、法律上「雑所得」として扱われます。これは総合課税の対象となり、ほかの所得と合算されて高い税率が適用されるため、思ったよりも手元に残る金額が少なくなってしまうという特徴があります。特に現役で所得の多い税理士にとっては、税率が最大45%にもなることから、譲渡対価の半分近くが税金で消えることも珍しくありません。
税理士事務所には営業権が認められていないため、譲渡所得ではなく雑所得とされるのは避けられません。しかし、それに対してどのような対策が打てるかで、譲渡後に得られる実際の金額、つまり「手取り」は大きく変わります。
もっとも現実的で効果的な方法は、譲渡先の事務所に5年1カ月以上在籍し、退職所得としてまとまった金額を受け取ることです。退職所得には大きな控除枠があり、税理士にとって非常に有利な受け取り方となります。
また、譲渡の時期や報酬の受け取り方、法人の活用方法、そして共済や保険の解約タイミングなど、工夫できるポイントは多くあります。税理士としての知識を自らのケースに活かし、早めに対策を講じることで、税負担を軽くし、譲渡対価の手取りを最大化することが可能です。
承継や引退を数年後に考えている税理士の方も、今から準備を進めておくことで、将来の資金計画に大きな余裕が生まれます。税理士としての最後の戦略、それが譲渡対価と所得の設計なのです。
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