top of page

税理士事務所の“無形資産”はこう見られる──数字に表れない価値の正体

  • 執筆者の写真: 小杉 啓太
    小杉 啓太
  • 10月31日
  • 読了時間: 6分

 税理士事務所の価値を測る際、最も見落とされがちなのが「無形資産」の評価です。企業M&Aの世界ではブランド、技術、顧客基盤などが代表的な無形資産として挙げられますが、税理士事務所の場合、その中心は「人」「関係性」「信頼」です。特に所長の人格的信用や、職員とのチームワーク、顧問先との長期的な関係構築こそが、目に見えない最大の資産といえます。


 税理士事務所のM&Aの現場では「売上規模が小さい」「利益率が低い」といった表面的な指標だけで事務所を評価する傾向が残っています。しかし、継続的に顧問料が安定している、顧問先の解約率が低い、職員の定着率が高いといった点は、いわば「信頼の蓄積」であり、無形資産として大きな価値を持ちます。譲受側の税理士もこうした点を重視しており、近年は「一緒に働けるか」という人間的相性を基準に判断する例が増えています。


 また、無形資産の中には「文化」も含まれます。たとえば、所長が職員を家族のように扱い、顧問先への対応を丁寧に行っている事務所では、譲渡後もスムーズに文化が引き継がれるケースが多いのです。逆に、雰囲気や価値観が合わない相手と組むと、業務上は統合しても実質的には分裂してしまうこともあります。


 つまり税理士事務所の無形資産とは、数字に表れにくい「人の価値」をどう見極めるかであり、この点の理解なくして、事業の真価は測れません。



 税理士事務所M&Aの相談では、「うちの事務所はいくらで売れるのか」という質問が必ず出ます。多くの所長が売上高を基準に考えがちですが、実際の譲渡価格は単純な掛け算では決まりません。事務所の「事業継続可能性」「職員の安定性」「顧問先の質」が、価格決定に大きく影響します。


 たとえば、同じ3,000万円の売上規模でも、10年以上取引のある安定顧問が多い税理士事務所と、新規開拓中心で契約更新が多い事務所では価値が大きく異なります。前者は将来の収益が予測しやすく、譲受側の税理士にとってリスクが低いため、評価が高くなります。また、職員のスキルと定着度も重要です。顧問先と職員が共に定着している事務所は、引き継ぎ後の混乱を最小限に抑えられるため、譲受側の税理士から見れば将来的な「安定収益源」として捉えられます。


 さらに「譲渡時の関与体制」も価格に直結します。譲渡直後に所長が完全引退する場合と、5〜10年かけて徐々に権限移譲していく場合とでは、後者の方が事務所価値が高く評価されます。つまり「売上」という過去の結果よりも、「安心して未来を託せる体制」が、実質的な価値として価格を左右するのです。税理士事務所のM&Aでは、会計数値だけではなく「人」「仕組み」「継続意志」の3要素を総合的に見なければ、本当の価値は算出できません。



 税理士事務所における「安定収益性」とは、単に数字上の利益が安定しているという話ではありません。むしろ、「変化に耐えうるビジネス基盤を持っているか」が本質です。具体的には、顧問契約の更新率、リピーター顧客の割合、職員の定着率、地域での評判などが、それを示す指標になります。


 過去に弊社が支援した事例では、顧問料が比較的低くても10年以上の付き合いが続く顧問先が多い事務所は、譲受側から高い評価を受けています。一方で、直近で急成長した事務所はリスクが高く、安定性の欠如から評価が下がることがあります。


 また、「属人的な運営でなく、組織として収益を支えられるか」もカギです。たとえば、所長が長期休養しても事業が回る体制であれば、譲受側の税理士は安心して経営を引き継ぐことができます。反対に、所長の存在が業績を大きく左右する事務所では、引継ぎ後の収益減少リスクが懸念されます。こうした点を踏まえると、税理士事務所の安定収益性とは「売上の構造的な強さ」と「信頼の再現性」を意味します。


 会計上の数値はあくまで過去の実績にすぎません。譲受側の税理士が本当に知りたいのは、その収益が今後も続くかどうか。税理士事務所のM&Aでは、BSやPLの数値以上に、“見えない安心感”が価値を決めるのです。



 税理士事務所の評価を決定づけるのは、最終的には「人づくり」と「組織運営の成熟度」です。どんなに売上があっても、職員が不安定で離職率が高い事務所は、譲渡後のリスクが非常に大きくなります。


 一方、明文化された業務手順書、教育制度、職員間の信頼関係などが整っている事務所は、譲渡先にとって極めて魅力的です。これは、顧問先にとっても継続性が確保でき、品質の低下を防げるためです。


 また、「組織の透明性」も価値を左右します。情報共有が進んでおり、所長不在でも相談・決裁がスムーズに行える環境を持つ事務所は、M&A後の混乱が生じにくく、高評価を得ます。反対に、稟議や承認が所長個人に集中している場合、引継ぎ時の業務停滞が起こりやすい傾向があります。

 

 成功する税理士事務所のM&Aには「愛」が必要です。これは感情論ではなく、職員・顧問先・相手事務所に対する“関係者への配慮”のことです。M&Aを数字の取引と捉えるのではなく、「組織の幸福度をどう高めるか」という視点で臨むほど、結果として価値評価が上がるのです。人を中心に置いた事務所は、譲受側の税理士から見ても“安心して任せられる組織”として信頼を得やすくなります。



 結論として、税理士事務所の事業価値は「いくらで売れるか」ではなく、「誰が、どのように引き継いでも続けられるか」で決まります。未来に持続できる仕組みや文化を残しているかどうかが、税理士事務所の事業価値の本質です。


 譲渡側の所長にとって重要なのは、「生きているうちに事業を託す」決断をすることです。元気なうちにパートナーを見つけ、徐々に移行することで、職員や顧問先、そして自身の幸福度を守ることができます。


 一方、譲受側の税理士にとっての価値とは、「新たな拠点・人材・文化」を得て、組織を広げるチャンスを意味します。この双方が相互理解をもって取り組めば、金銭的利益を超えた“共同経営の未来”が生まれます。


 事業価値の測り方には「定量評価」と「定性評価」があります。定量的には売上・利益・契約数などで算出されますが、定性面では、経営理念の浸透度、従業員満足度、地域との結びつきなどが重視されます。M&Aでは、数字で表れない“信頼の厚み”が、むしろ譲受側にとっての安心材料となるのです。たとえば、どれほど高収益でも人材が不安定なら「持続的価値」は低く評価されます。逆に、堅実で小規模な事務所でも、所長と職員の絆が強く、顧問先との関係が安定している場合は、「未来を託せる事務所」として高く評価されます。


 つまり事業価値とは、「安心してタスキを渡せる仕組み」と言い換えられます。税理士事務所のM&Aは、単なる引退や売却ではなく、信頼と希望のバトンリレーです。数字よりも人、契約よりも関係を重んじる――その姿勢こそが、税理士業界の未来価値を形成するのです。



事業継続のためのM&A支援

コメント


ロゴWhite.png

​税理士M&A

成功ガイド

powered by KACHIEL

私たちについて

KACHIELは税理士向け実務セミナー事業を15年以上運営し、全国に2.3万人以上の税理士ネットワークをもつ会社です。弊社をご利用頂く税理士事務所所長・税理士法人代表であるお客様などから年間50件以上、事務所承継や組織化のご相談を頂いております。

単なる「売却」に限らず、譲渡側の所長の現役続行を前提とした「支店成り」「税理士法人化」「税理士法人合併」などのご支援を全国で多く行っています。

​これまで弊社ご支援先ではM&Aを原因とした職員様の離脱が過去通算0人です。

​税理士M&A成功ガイドで公開する知識・経験談をご参考にして頂けますと幸いです。

© 2025 KACHIEL Inc. All rights reserved.

株式会社KACHIEL

代表取締役 久保 憂希也

〒105-0022 東京都港区海岸1-4-22 SNビル4階

中小企業庁登録M&A 支援機関
有料職業紹介事業許可番号 13 -ユ 312190

設立  2009年2月

資本金 888,500,000円(資本剰余金含む)

MAIL mainfo@kachiel.jp 

TEL   03-5422-6166(平日 9:00~18:00)

bottom of page