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承継現場リポート:引き継ぎは“人”が鍵を握る

  • 執筆者の写真: 小杉 啓太
    小杉 啓太
  • 9月9日
  • 読了時間: 7分


 税理士事務所を取り巻く環境は大きく変化しています。全国的に後継者不足が深刻化し、職員の採用難も解消されないまま高齢化が進行しています。とりわけ人口減少が進む地域では、若手の税理士職員を新たに採用する見込みがほとんど立たず、「このままでは事務所を畳まざるを得ないのではないか」という不安を抱える所長が少なくありません


 そうした中で注目を集めているのが、税理士事務所のM&A、つまり合併や事業承継という選択肢です。事務所を譲渡する側は「お金を得たいから売る」と思われがちですが、実際に寄せられる相談の多くは「自分が働けなくなったときに職員の雇用と顧問先を守りたい」「後継者候補はいるものの確実に残る保証がない」といった、人にまつわる切実な悩みが背景にあります。数字や条件では片付けられない“人”の問題をどう解決するかが、税理士事務所の承継の最大のテーマになっているのです。



 典型的な相談事例を見ても、目的の根本には「人を守る」という思いが透けて見えます。例えば東北地方のある税理士は、60代前半でまだまだ現役を続ける気力がある一方、自身に万が一のことがあった場合に職員や顧問先が立ち行かなくなる状況を強く懸念していました。特にその地域では転職の選択肢が少なく、事務所を辞めざるを得なければ、長年勤めた職員が新卒同然の条件からやり直さねばならないのです。所長として、職員の生活を守るためには自分が元気なうちに承継の仕組みを整えておかなければならないと判断したのです。


 また別の例では、持病が悪化して事務所の運営が困難になった所長が、「譲渡対価は気にしない。とにかく職員の雇用だけは守ってほしい」と相談してきました。毎日夕方には動けなくなるほどの体調でも、職員の生活や顧問先の安心を守りたいという責任感が、承継を決断させました。こうした相談からも分かるとおり、税理士事務所のM&Aにおける第一目的は必ずしも“お金”ではありません。むしろ人と事業の継続への強い願いが中心にあるのです。



 実際に成功した承継にはどのような特徴があるのでしょうか。大きなポイントは、所長同士の信頼関係と、職員や顧問先への丁寧な配慮にあります。


 ある経営統合の事例では、候補先を複数調査したのち、最終的に相手を決める決断材料となったのは「自然に会話ができるか」という感覚でした。WEB面談や事務所訪問の段階では形式的なやり取りになりがちですが、夕食を共にしざっくばらんに語り合うことで「この人なら信頼できる」と思えるかどうかが大きな分岐点となります。そして一度信頼が生まれれば、「細かい条件は大きな問題ではない」と感じられるほどに、合意形成はスムーズに進みます。


 また、職員の存在は承継において最重要の要素です。一般的には譲渡実行後に初めて情報開示するケースもありますが、それでは不安を招き離職につながってしまいます。これを避けるため、うまくいった事例では2か月前から職員と譲受先が顔を合わせ、食事会や懇親の場を通じて「安心できる」関係を事前に築いていました。顧問先への案内においても、「売却しました」という事務的な通知ではなく「新体制でさらに手厚く支援します」という前向きなメッセージを届けることで歓迎される雰囲気が生まれています。こうした気配りが結果として、職員の定着率100%、顧問先からの信頼維持につながっているのです。



 成功例とは対照的に、失敗した承継の背景には“人”への配慮不足があります。ある事務所では、譲渡後に初めて職員へ告知したところ、数人の職員が即座に退職を申し出てしまいました。別のケースでは契約日前日に職員全員が辞表を提出し、承継そのものが白紙になってしまいました。


 こうした事態を招いた理由は明白です。情報を秘密裏に進めすぎたため、職員が不安に駆られ「知らされなかった自分たちは切り捨てられるのでは」と疑心暗鬼になったのです。また、「この職員がキーパーソンだから」と一人にだけ注力し、実際に周囲から信頼されていた別の職員を軽視してしまったケースもありました。結果として不信感が広がり、職員の全員離脱という最悪の事態を生んだのです。


 数字や契約の形式を整えるだけでは事務所は存続しません。人をないがしろにすれば、どんなに“きれいな契約書”があっても空洞化して崩れてしまいます。失敗事例はその事実をはっきりと物語っています。



 税理士事務所の承継における最大のポイントは、“人への愛情”とも言える姿勢です。職員の安心を第一に、顧問先に不安を与えないように、そして譲渡側と譲受側が互いを尊重し、未来を共に考えられるかどうか。そこに成功と失敗を隔てる決定的な違いがあるのです。


 承継というと「引退」「お金」といった言葉に直結しがちですが、現場の実態はむしろ逆です。元気なうちにパートナーを見つけ、共に事務所を育てるという前向きな選択であり、経営を続けながら安心して未来を描くための手段です。M&Aを通じて「経営の重圧を一人で抱え込む状況から解放された」「困ったときに相談できる仲間ができた」と語る所長は少なくありません


 税理士事務所の承継の現場で問われるのは、結局のところ「人をどう考えるか」に尽きます。数字や契約の背後には、必ず職員や顧問先、そして所長自身の未来があります。その一つひとつを丁寧に見つめていく姿勢こそが、承継を成功へ導く唯一の鍵なのです。



 税理士事務所における承継は、単なる「事業の延命策」ではなく、未来のための経営判断です。売却額や契約条件といった数値的な要素にばかり目が向きがちですが、現場の声を聞けば聞くほど、その中心にあるのは人間関係の継続と信頼の確保であることがはっきりと分かります。職員の生活を守り、顧問先との関係を途切れさせない。税理士事務所の所長としての責任感や、積み重ねてきた信頼に対する誇りが承継の原動力になっているのです。


 税理士事務所が承継成功事例に共通しているのは、職員や顧問先を軽視せず、むしろ一番に考えるという姿勢です。譲渡実行前から新しいパートナーと職員を結びつける場を設け、顧問先には前向きなメッセージを発信することで、関係者全員が安心し、積極的に新体制を受け入れました。その結果、職員の離職はゼロ、顧問先からの信頼も揺るがず、むしろ新規顧客の獲得につながる例さえあります。承継を経て一層発展する事務所が生まれるのは、このような「人中心の視点」に立ったときなのです。


 一方、失敗したケースを見れば、準備不足や配慮欠如が致命的であることは明白です。譲渡を秘密裏に進め、職員に唐突に告げてしまったために信頼を失い、離職や顧客離れを招いた事例は決して少なくありません。契約や資金の整備にだけ力を注ぎ、“人の心”を置き去りにしてしまった承継は、必ずどこかで歪みを生みます。承継は一つの経営イベントではなく、人が生き、働き、支え合う営みの延長にあるという前提を忘れてはならないのです。


 これからの税理士業界では、後継者問題や事務所の継続可能性に直面する事例がますます増加していきます。そのとき必要なのは、知識やテクニック以上に、関係者を尊重し信頼でつなぐ姿勢です。まさに「目的」と「愛」が承継の柱になります。税理士事務所の所長にとって承継は、引退や売却といった狭義の終点ではなく、新たな協働の始まりであり、次の世代に安心して未来を託すための手段です。


 税理士事務所の承継の現場が示す真実は、決して特別なものではありません。それはどんな組織にも当てはまる普遍的なテーマ、「人を大切にする経営」にほかなりません。関わるすべての人を尊重し、未来を共に考える姿勢こそが、真の承継を実現する力なのです。数字や契約書の行間に潜んでいるのは“人”の物語であるということを忘れてはならないのです。



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