①M&Aの目的 税理士事務所の合併・承継セミナー
- 大竹 邦明
- 3月17日
- 読了時間: 8分

後継者不在・職員の雇用継続・顧問先へのサービス継続に悩む所長が多い「税理士事務所のM&A」。全国から承継・合併・税理士法人化の相談が寄せられる株式会社KACHIELの税理士専門のM&Aコンサルタント大竹邦明氏によるセミナーをお届けします。ネット検索すればすぐに調べられる表層の知識ではなく、現場目線のリアルな経験談をお話ししました。
多くの所長が悩む 税理士M&Aの情報不足
大竹:皆さん、こんばんは。
定刻となりましたので、セミナーを始めさせていただきます。本日は「やめ方」ではなく「事業の続け方」を考えるリアル現場リポートとして、「税理士事務所の合併と承継」というテーマでお届けします。
さて、まずはなぜこのテーマを取り扱っているのか、少し触れた上で、本編に入っていきたいと思います。
まず皆さんにお伺いしたいのですが、今日のセミナーにご参加いただいた理由は何でしょうか?
税理士事務所のM&Aという話題ですが、リアルな情報が少ないと感じる方も多いのではないでしょうか。M&A仲介会社が税理士事務所向けにセミナーを開催したり、書籍を出版したりするケースもありますが、多くは合併や譲渡対価の金額など、表面的な情報にとどまっていることが多いです。実際の現場のリアルな情報が不足しているのが現状ではないかと思います。
また、ご自身の5年後、10年後に不安を感じている先生方もいらっしゃるかと思います。例えば、「有資格者を採用できない」「後継者はいるが、外に出てしまうかもしれない」などの悩みを抱えている方もいるでしょう。
さらに、M&Aを検討しているものの、「失敗したくない」と考えている方もいらっしゃるのではないでしょうか。今日はそうした不安や疑問を解消し、リアルな情報をお伝えすることを目的としています。
このセミナーでは、「譲渡対価がどうか」とか「テクニックがどうか」といった、調べれば分かることではなく、実際にM&Aを経験した方々の目線で起こるリアルな事例をお伝えしたいと思います。
また、ご自身の近い将来、職員やご家族を含めて不安を抱えている先生方に向けて、ご自身の幸福度を高める選択肢や、職員・ご家族の将来をより良くするための選択肢があることをお伝えしたいと考えています。
M&Aに対する正しい知識が不足していることも、税理士業界の大きな課題の一つです。さらに、「M&Aを実施したいけど、失敗したくない」という方々に向けて、成功のポイントについてもお話ししていきます。
では、ここで私の自己紹介をさせていただきます。

現在、カチエルの取締役を務めており(2024年9月時点)、事務所のM&A専門コンサルタントとして活動しています。
私の経歴ですが、新卒で入社したのは保険代理店の会社でした。新卒入社から1年後、その会社は経営統合を経験し、私は吸収される側の社員でした。経営統合の際には、経営者が社員に配慮しながら進めており、私は新しい会社の全体会議で企業理念を唱和する機会もいただきました。その会社は現在も順調に成長し、上場を果たしています。
次に入社したのが、カチエルの前身となる会社です。ここでも私が入社して1年後に経営統合が行われましたが、残念ながら組織崩壊が発生し、社員の半数が退職するという事態になりました。
このように、私は従業員の立場で「成功したM&A」と「失敗したM&A」の両方を経験しました。この経験を活かし、現在のコンサルタント業務に取り組んでいます。
また、カチエルでは新規事業の立ち上げや採用業務(アルバイト・正社員・役員の採用)、規程・制度づくりも担当し、数々の“失敗”を経験してきました。
税理士事務所のM&A支援を始めたのは、コロナ前の時期にさかのぼります。最初の案件は、親子で経営する税理士法人で、お父様(税理士)が介護状態となり、業務を継続できなくなったケースでした。このままでは税理士法人が解散の危機に陥るため、複数のパートナー候補となる開業税理士の方をご紹介し、M&Aによって事務所を継続することができました。
また、あるケースでは、事務所を引き継いだ際に職員が多額の使途不明金を発生させているという、労務問題を抱えていた事務所の相談を受けました。この問題は弁護士の力でも解決が難しく、さらには赤字経営の状態でしたので1年後には事務所が潰れる可能性がありましたが、M&Aによって解決し、現在は円満に運営されています。
さらに、昨年は税理士法人の支店のみを譲渡するという珍しいケースもありました。支店の所長が病気で業務継続が困難となり、支店廃止によって職員の解雇や顧問先への支援が停止してしまうことを防ぐために、他の事務所へ事業(支店)承継を進めるというものでした。
このように、税理士事務所のM&Aにはさまざまなケースがあり、これまで多くの支援をさせていただいています。
現在も全国の税理士事務所から年間40件以上の相談を受けており、そのうち19件ほどを私自身が担当し、事務所の承継支援、支店譲渡、税理士法人設立、引退支援などを行っています。
本日のセミナーでは、こうした実際の事例を交えながら、M&Aの成功のポイントをお伝えしていきたいと思います。
それでは、本編に入っていきましょう。
今日の本編ですが、このような流れでお話しさせていただきます。

まず、今日のメインの部分は、第一にM&Aの目的についてです。M&Aというと「売買」や「引退」といった言葉が強く結びついているイメージがありますが、本当にそうなのか、という点についてお話しします。そして、税理士事務所の場合、実際にはどのようなパターンがあるのか、合併・承継の実態についても詳しく解説していきます。
また、実行者の目線での準備やスケジュールについて、具体的にどのような流れなのかをご紹介します。さらに、過去の失敗パターンについても触れ、最後に皆様にもご協力いただきたいことがございますので、この5つのテーマを順番にお話ししていきます。
税理士事務所におけるM&Aの目的
ではまず1つ目、「税理士事務所におけるM&Aの目的」についてです。
事業会社のM&Aについては、ネット上の情報や映画などの影響もあり、「売買」や「お金」、あるいは「セカンドライフ」といったイメージを持たれている方も多いのではないでしょうか。
特に、弊社では税理士協同組合様など業界団体とも提携を進めておりますが、過去にM&Aで苦い経験をされた高齢の先生方もいらっしゃいます。そういった方からすると、「税理士事務所のM&Aなんてもってのほかだ」「国家資格を売買に使うなんて許されるはずがない」といったご意見をいただくこともあります。
実際、譲渡側の所長であれば「事務所を売却してお金を得た」というイメージ、譲受側の所長であれば「お金を払ったので、引退してもらって、顧客と職員を引き継ぐだけ」といったイメージを持たれていることが多いようです。

ですが、本当にそうなのでしょうか?
少なくとも、私はこのような考え方が大嫌いです。もしそういう実態だったら、私はこの場には立っていないと思います。
では、弊社に直近1年間でご相談いただいた事務所の譲渡や事業継続のケースについて、実際のデータをご紹介します。

まず、相談をいただいた所長の年齢層についてですが、40代の先生もいらっしゃいますし、50代・60代の層が特に多いです。税理士会の統計によると、業界全体では70代・80代の先生が半数を占めているのですが、弊社に相談に来られる方の多くは60代前半で、まだまだ元気で仕事を続行できる方々なのです。
実際にどのような目的でM&Aを検討されているのか、具体的なケースをご紹介します。
例えば、東北地方にお住まいのY先生(61歳)のケースです。

2022年秋にご相談をいただきました。この先生の事務所は、人口11万人の町にあり、売上は3,000万円。従業員は奥様と職員2名です。
ご相談の内容は、「この町では若い税理士を採用できる見込みがない」「今後10年は働き続けたいが、万が一のことがあったら奥様や職員、顧問先に迷惑をかけてしまう」というものでした。
特に職員に関しては、地域柄転職先が少なく、現在の職場で長年勤めていたとしても転職すると新人の給与額として再スタートせざるを得ない環境であるため、職員の生活を守ることにも不安を抱えていらっしゃいました。また、顧問先についても、自分が急にいなくなることで、他の税理士を探さなければならず、会計ソフトの変更を余儀なくされる可能性がある、という懸念がありました。
もう1つのケースとして、B先生(55歳)の事例もご紹介します。

B先生は、税理士法人の支店を運営されていました。支店の売上は5,000万円、職員は5名。しかし、持病が悪化し、支店の運営が困難になってしまったのです。
本店はあるものの、職員が本店に通うのは物理的距離の問題で現実的ではなく、新たな税理士を採用することも困難な状況でした。そのため、「とにかく職員の雇用を守ってほしい」「譲渡対価は気にしないので、職員が安心して働けるような形にしてほしい」というご相談でした。
B先生の体調は深刻で、夕方5時にはもう動けなくなるほどでした。それでも、所長として事務所を支えなければならず、手術の日程すら決められないという状況にありました。
このように、M&Aを検討される先生方の第一目的は決して「お金」ではありません。
譲受(買う)側事務所の目的
では、譲受(買う)側の所長はどのような目的を持っているのでしょうか?
実は、「顧問先だけ引き継いでも意味がない」という考えの方が多いです。職員のキャパシティが決まっているため、顧客だけを引き継いでも業務が回らなくなることが多いのです。
また、M&Aを通じてエリアの拠点展開を進めることで、広告効果を高めたり、職員の採用をしやすくしたりすることを狙っているケースもあります。個人事務所が法人化を目指す目的でM&Aを検討することも少なくありません。
したがって、譲渡側の先生が「引退直前に売却すればいい」と考えている場合、譲受側の目的とは合致せず、うまくいかないことが多いのです。

税理士事務所のM&Aを成功させるポイントは、譲渡側・譲受側双方が事業の継続方法を一緒に考えていくことだと言えます。譲渡直後の引退を前提とせず、元気なうちにパートナーを見つけることが重要です。
以上が、税理士事務所におけるM&Aの目的と現実についての整理となります。
Comments