70代の税理士が事務所の将来を考えるときに知っておきたい承継・譲渡という選択肢
- 小杉 啓太

- 18 時間前
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開業税理士等の士業事務所は、他の職業(サラリーマン)と比較して年齢の制約が少なく、長く続けられる職業です。実際に、70代、80代でも第一線で活躍している税理士は数多く存在します。長年の経験に裏打ちされた判断力や、顧問先との信頼関係は、若手の税理士には簡単に真似できない大きな強みです。
一方で、70代の税理士が避けて通れない現実もあります。それが健康面のリスクです。どれだけ元気であっても、病気や怪我の発生確率は年齢とともに確実に高まります。特に税理士事務所の場合、所長である税理士に業務や意思決定が集中しているケースが多く、突然の不在が事務所全体に与える影響は決して小さくありません。
また、70代という年齢は、社会的にも「引退」が現実的なテーマになる時期です。同年代の友人や知人が次々と仕事を引退し、生活スタイルを変えていく中で、自身の今後について考える税理士も増えてきます。「いつまで続けるのか」「どのように終わるのか」という問いは、避けては通れないテーマです。
弊社にご相談いただく税理士事務所の譲渡相談は、50代から60代の税理士が中心であり、これらの税理士は比較的余裕を持って準備を進めています。5年から10年程度の現役継続を前提に、計画的に事務所の将来を設計していくケースが一般的です。
一方で、70代の税理士からのご相談も一定数あります。特徴的なのは、最初の段階では「できるだけ早く引退したい」という意向を持っている点です。長年の業務負担や責任から解放されたいという思いは自然なものです。
しかし、実際に話を進めていくと、多くの税理士が考えを修正していきます。理由はシンプルで、急な引退には現実的な課題が多いからです。顧問先への影響、職員の雇用、そして事務所の評価など、さまざまな要素を総合的に考えると、「段階的に引き継ぐ」という選択に落ち着くケースが多くなります。
70代の税理士にとって重要なのは、「今からでも遅くない」という認識を持つことです。むしろ、元気なうちに動くことで、より良い選択肢を確保することができます。何も準備をせずに突然の事態を迎えるよりも、意図的に出口を設計することが、税理士としての責任ある判断といえるでしょう。
70代の税理士が事務所の譲渡を検討する際、最も誤解されやすいのが「譲渡=即引退」というイメージです。しかし実務の現場では、そのようなケースはむしろ少数派です。多くの税理士事務所の譲渡では、数年単位の引き継ぎ期間を設けることが一般的です。これは単なる慣習ではなく、事務所の価値を維持し、円滑な移行を実現するために不可欠なプロセスです。
例えば、譲渡後も一定期間は税理士として顧問先対応を継続し、徐々に後継者へ業務を移していく方法があります。このような形であれば、顧問先は安心して関係を継続することができ、結果として契約の維持率も高まります。特に長年の付き合いがある顧問先ほど、「誰に変わるのか」だけでなく「どのように変わるのか」を重視します。
また、職員の観点も重要です。税理士事務所は職員に依存する側面も多いビジネスであり、職員の定着がそのまま事務所の価値につながります。現所長である税理士が一定期間関与し続けることで、職員の不安を軽減し、離職リスクを抑えることができます。
さらに、70代の税理士にとって見逃せないのが、譲渡対価の受け取り方です。一括で受け取る場合、所得区分によっては税負担が大きくなります。特に譲渡時に一時金として一括で譲渡対価を受け取り、雑所得として扱われる場合、想定以上に手取りが減少することもあります。
そのため、税理士として一定の関与を続けながら、対価を在籍期間中の報酬上乗せや退職金として分割して受け取る形が現実的な選択肢となります。譲渡先の顧問として、業務量を調整しながら関与を続けることで、収入を分散しつつ、事務所への影響も最小限に抑えることができます。
ここでのポイントは、「完全に辞めるか、続けるか」という二択ではなく、「関わり方を調整する」という発想です。週数日の勤務にする、特定の顧問先のみ担当するなど、柔軟な働き方が可能です。70代の税理士にとっては、体力や生活スタイルに合わせて働き方を調整しながら、無理なく事務所の承継を進めることが、最も現実的で納得感のある選択といえるでしょう。
これまで税理士事務所の承継といえば、親族内承継、あるいは事務所内の職員への承継が中心でした。税理士の子が税理士資格を取得し、そのまま事務所を引き継ぐケースや、長年勤務している職員が後継者として事務所を承継するケースは、かつては一般的な流れでした。
しかし、近年はこの前提が大きく変わりつつあります。まず、税理士の子が必ずしも税理士になるとは限らない時代になっています。職業選択の自由が広がる中で、子どもが別の道を選ぶことはごく自然なことであり、「子どもに継がせる」という前提自体が成り立たなくなってきています。
また、事務所内での承継についても、現実的なハードルが高くなっています。後継者候補となる人材を採用・育成すること自体が難しく、仮に優秀な職員がいたとしても、経営を引き継ぐ意思やリスクを負う覚悟があるとは限りません。特に近年は、安定した雇用を重視する傾向が強く、独立や承継に積極的な人材は限られています。
さらに、税理士資格の取得自体が容易ではないことも、承継の難しさに拍車をかけています。事務所内に有資格者がいない、あるいはいても経験や年齢の面で後継者として適さないといったケースも珍しくありません。
このような背景から、親族内承継や所内承継だけに頼るのではなく、第三者への承継、すなわち譲渡という選択肢が現実的なものとして広がっています。特に70代の税理士にとっては、限られた時間の中で確実に事務所の将来を決める必要があるため、柔軟に選択肢を検討することが重要です。「身内か職員に引き継ぐもの」という従来の考え方にとらわれず、「最も良い形で事務所を残すにはどうするか」という視点で考えることが、これからの税理士に求められる判断といえるでしょう。
これまで、多くの税理士が事務所の終わり方として選んできたのは「廃業」または「税理士会を通じた顧問先の引き継ぎ」でした。これらは確かに一般的な方法であり、一定の安心感があります。
しかし、これらの方法には見落とされがちなデメリットも存在します。廃業の場合、長年築いてきた事務所の価値が金銭的に評価されることはありません。顧問先の状況、職員のスキル、業務の仕組みなど、本来であれば価値として認識されるべき要素が、そのまま消えてしまいます。
また、税理士会を通じた引き継ぎでは、顧問先単位での移行が中心となるため、職員の雇用が維持されないケースも少なくありません。結果として、税理士事務所としての一体性は失われてしまいます。
これに対して、近年注目されているのが「譲渡」という選択肢です。いわゆるM&Aと呼ばれる手法ですが、所長にとって重要なのは言葉の難しさではなく、その中身です。つまり、「事務所を丸ごと引き継ぐ」という考え方です。
譲渡を選択することで、顧問先、職員、業務フローといった事務所の構成要素を一体として引き継ぐことができます。これは、所長自身にとっても、顧問先にとっても、そして職員にとってもメリットの大きい方法です。
特に70代の税理士の場合、「今からでは遅いのではないか」と感じることもあるかもしれません。しかし実際には、安定した顧問基盤を持つ税理士事務所に対するニーズは一定数存在します。むしろ、長年にわたって築かれた信頼関係は、大きな評価ポイントとなります。
重要なのは、タイミングです。体調に問題がない段階で動き出すことで、選択肢の幅は大きく広がります。逆に、急な事情で動かざるを得なくなった場合、条件面で不利になる可能性もあります。税理士という職業は、個人の能力と同時に、事務所としての資産も積み上がる仕事です。その価値をどのように活かすかは、最後の経営判断ともいえます。
70代の税理士にとって、「廃業しかない」と考える必要はありません。譲渡という選択肢を知り、適切に準備を進めることで、より良い形で事務所の未来をつなぐことが可能になります。それは単に経済的なメリットだけでなく、関係者すべてにとって納得感のある終わり方につながります。




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