税理士法人の事業承継における譲渡対価分割払いの合理性と契約・税務設計のポイント
- 小杉 啓太
- 5 日前
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税理士法人や会計法人といった士業法人の事業承継やM&Aでは、譲渡対価を5年程度の分割払いで受け取る形式が一般化しています。その背景には、資金繰り上の合理性に加え、税務上および実務運営上の要請があります。
税理士法人の営業資産は、製造業のような有形設備ではなく、顧問先契約・信頼関係・職員体制など「人的基盤」に大きく依存します。そのため、譲渡直後の段階では顧問先の維持が不確実で、未来の収益を前提に評価せざるを得ません。買い手が一括で多額を支払うと、実際の収益が想定に届かない場合に損失を抱える危険があり、契約構造としてリスク調整の仕組みが必要になります。
加えて、税理士業法人は担保資産が乏しく、金融機関によるM&A資金の融資が難しいことが多いのが実情です。そのため分割払いは、買主が一括で資金調達できない部分について、売主が譲渡対価の後払いを認めることで、実質的に資金面を支える構造となります。このモデルこそ、税理士法人特有の資金調達環境と実務に即した合理的な対応といえます。
一方、譲渡側も分割払いによって所得税の急増を回避できるため、税負担の平準化という経済的利得があります。結果として、譲渡対価の分割払いは、双方の利害を整合させる制度的慣行として定着したと言えるでしょう。
法的観点から見ると、分割払い契約は単に支払方法の選択という以上の意味を持ちます。税理士法人のM&A契約書を分析すると、「譲渡契約+分割支払特約」の形をとるものが多く見られます。
実務では、譲渡時点で資産・顧問契約・職員などの事業一体を移転させ、その代金支払を数年にわたり行う方式が採用されます。ただし、その代金額は固定ではなく、「顧問先維持率」や「年間顧問報酬収入の実績」に応じて調整される条項が付されることもあります。いわば「業績連動型買収契約」として機能しており、結果的に双方の信頼関係を契約で制度化しています。
この方式の利点は、譲渡後の経営安定を条件とする支払構造を取ることで、旧代表(譲渡側)の協力を促し、顧問先離脱を防止できる点です。特に税理士法人では、代表社員という立場は退くものの、法人からは離れず、相談役や顧問等として関与を続けながら、引継ぎを支援する例が多く、支払期間中の「協働期間」を法的に裏付ける効果があるのです。
ただし、契約設計を誤ると、単なる債権債務関係が長期に残り、紛争リスクを生むこともあります。支払停止事由、解除条件、譲渡制限、保証条項など、民法典型契約に準じた整備が不可欠です。とりわけ、債務不履行時の解除に関しては「支払停止=譲渡契約の失効」とならないよう慎重な構成が求められます。
税務面での最大の特徴は、分割払いによる所得分散と税率の緩和です。譲渡側(旧所長)が一括で対価を受け取れば、その全額が単年度の所得として課税されます。譲渡の性質によって「事業所得」「雑所得」「退職所得」「譲渡所得」のいずれかに区分されますが、士業法人の場合、「斡旋料」や「営業権譲渡」として雑所得となるケースが多く、税率が高くなる傾向があります。
これに対し、対価を5年程度に分けて受け取れば、年度ごとの所得総額が抑えられ、累進課税の緩和を受けられます。さらに、契約内容および退職との関連性を整理することで、「退職所得」として一部を扱えれば、1/2課税や勤続年数控除が適用される余地もあります。このように、税務設計上の柔軟性を確保できるのが分割払いの大きな利点です。
買い手にとっても、分割支払額は「営業権(のれん)」として資産計上し、5年間で均等償却が可能です。このため、支払が長期にわたることはむしろ損金処理の平準化につながります。なお、総額のうち利息に相当する分が契約上明確な場合は、支払期ごとに損金算入処理が必要です。
税務上の留意点としては、形式だけ分割払いを装って、実質的に一括入金や前倒し支払を行う場合、税務署から実質一括譲渡と認定される恐れがあります。適法な分割払いを証明するため、契約書に支払期・利息・条件変更条項を明示し、分割の独立性を確保することが重要です。また、会計帳簿上の処理と契約内容の整合も必須であり、ここが不一致だと課税調整でトラブルになりやすい部分です。
分割払い方式は、単なる金銭手法ではなく、税理士法人の「信用移転」の仕組みでもあります。たとえば、旧所長(譲渡側)が長年築いた顧問先との関係を新代表が引き継ぐには、少なくとも1~2年の移行期間が必要です。その期間中、顧問先は旧所長(譲渡側)の助言を受けながら新体制に慣れていきます。この自然な引継ぎ過程に、分割払いという金銭関係が呼応しているのです。
支払期間中は、譲受側の代表と譲渡側の代表が定期的に業務報告や契約状況を確認するため、関係性が維持されやすく、結果的に顧問先離脱率が下がります。事務所全体の「経営の軟着陸」を図る意味でも、分割払いは合理的です。
また、税理士法人の信用は、社員・職員の継続雇用によっても支えられています。譲渡と同時に職員が離脱すると、顧問先対応に支障をきたすため、分割払い契約に「職員引継義務」や「退職防止努力義務」を含める例も見られます。これは法律上の強制ではありませんが、顧問契約の維持率を大幅に改善する効果があります。
このように、分割払いは、経営・人・顧客・対価の四つの要素を時間軸で連動させる装置であり、事業承継の成功率を高める機能的意味を持つのです。
税理士法人などの士業法人は会社法上「持分会社(合名会社・合資会社)」に準じた構造を有し、社員が原則として無限責任を負います。このため、譲渡・承継契約において支払未完了のまま債務が残る場合、無限責任社員の地位や相続の扱いが重要な法的テーマになります。
無限責任社員の死亡時には、その債務超過分が確実な債務と認められるときに限り相続税の債務控除が認められる、とされます。このため、事業承継契約で分割払いが残ったまま譲渡者が死亡した場合、相続人が受け取る権利(債権)と債務の評価を明確化しておく必要があります。
また、支払期間中に譲受側(買い手)法人が経営不振に陥るリスクも想定しなければなりません。契約上、残代金の担保として「持分譲渡の留保」「個人保証」「支払遅延時の遅延利息設定」などを設けることが実務上のセーフティーになります。
さらに、譲渡側の所長の急逝や病気といった不可抗力リスクに備え、契約上「死亡しても支払債務は承継する」「遺族が相続により受領できる」などの条項を明記しておくと、紛争を防げます。実際に、会計法人を設立して報酬受領主体を法人化し、継続的に収入を得られるよう設計する事例も多く見られ、事業承継と相続対策を組み合わせた安定モデルとなっています。
最後に、税理士法人は内部留保自体は可能ですが、社員の持分払戻しや退社時精算の問題があるため、実務上は多額の内部留保を抱えにくい傾向があります。承継資金の原資を分割で生み出すしかない場合もあります。つまり、分割払いは税制上の利便だけでなく、税理士法人の法的フレームと経営実態が生み出した「必然の設計」でもあるのです。
以上のように、譲渡対価の分割払いは、
という複数の視点から合理性が認められます。
単なる支払方法の選択にとどまらず、「人」と「信頼」を中核に置く税理士法人の承継においてこそ、分割払いが最も現実的で持続可能なモデルとして選ばれているのです。

