社員と従業員の責任の違いが招く法人運営の難しさ
- 小杉 啓太

- 8月15日
- 読了時間: 5分
税理士法人の運営において、「社員」と「従業員(所属税理士)」の区別は制度上は明確ですが、日々の業務ではその違いが曖昧になりがちです。しかし、この区別を正しく理解せずに法人を運営すると、トラブルや責任の所在の不明確さ、ひいては法人の信頼失墜にもつながる可能性があります。
本記事ではまず、税理士法人における「社員」と「従業員」の法的な立場と役割の違いを明確にしたうえで、「制度としての違い」「運営上のリスク」、さらに「M&Aによる再設計の可能性」をご紹介します。
税理士法人における「社員」とは、税理士法人の構成員であり、法人に対して出資を行っている者を指します。これは会社法における「株主兼取締役」のようなイメージに近く、以下のような特徴があります。
つまり、税理士法人の「意思決定権」と「責任」を持つのが「社員」なのです。なお、一般社団法人等と同様に、税理士法人も「法人格」を有していますが、その法人の行動・義務・責任を最終的に背負うのが社員である点は、税理士個人の感覚以上に重い現実です。
これに対して「従業員(所属税理士)」とは、法人に雇用されているが、法人の出資者ではない税理士を指します。こちらは一般的な「雇用契約」による労働者であり、以下のような特徴があります。
とはいえ、顧問先から見れば「社員税理士」と「従業員(所属税理士)」の違いは分かりません。名刺に税理士資格が記載されており、かつ日常的に指導・説明・申告書作成を担っていれば、「その人が法人の代表的立場だろう」という誤解を受けることも多いのが実情です。
最大の問題は、「責任の所在」と「権限の不均衡」です。つまり、法人の業績や信用に大きな影響を及ぼす判断・行動を「従業員(所属税理士)」が担っていたとしても、最終的に法的・金銭的な責任を問われるのは社員税理士であるという点です。
たとえば、従業員(所属税理士)がミスにより重大な税務リスクを発生させた場合、顧問先からの損害賠償請求は法人、ひいては法人の社員に及ぶ可能性があります。しかも、当の従業員(所属税理士)が「自分は社員ではないため判断には関与していない」と発言してしまえば、業務執行者としての社員の責任だけが浮き彫りになるのです。
こうした問題は、社員が2〜3人で構成されている小規模税理士法人で特に顕著です。実質的には全体の業務を複数の従業員(所属税理士)が支えているにもかかわらず、契約上・制度上の「法人代表責任」は特定の社員に集中しているという状態です。このような状況では、責任感の重さに耐えかねて社員が退任を検討するケースもあれば、逆に従業員(所属税理士)の方が責任逃れ的な行動を取り、組織内部の不信感が高まることもあります。法人としての一体感が損なわれる要因になりやすいのです。
ここまでは、税理士法人における「社員」と「従業員(所属税理士)」の制度的な違いと、その責任の非対称性について確認しました。法人内部での役割分担や責任分配が曖昧なままでは、ちょっとしたミスや人間関係のトラブルが法人全体に波及する危険性がある――それが、実務上の大きなリスクなのです。
ここからは、そうした問題が実際にどのような事例で表面化するのか、そして最終的に税理士法人を継続・発展させるためにはどうすべきかを考察します。
(1)損害賠償責任を巡る混乱
例えば、従業員(所属税理士)が担当した申告に重大な誤りがあり、顧問先が修正申告を余儀なくされた場合。損害賠償請求はまず法人に向けられます。そして法人の代表者、すなわち社員がその最終的な責任を負うことになります。このとき、従業員(所属税理士)が「私は法人の指示でやっただけ」と責任を回避する発言をすれば、法人としても弁明は困難です。実際、損害保険でカバーできない範囲の賠償を、社員個人の資産で補填せざるを得なくなった例もあります。
(2)内部対立の激化
法人内部で「働かない社員」と「実務を担う従業員」との対立が生まれることもあります。社員が高齢で実務をこなせず、法人の業績の多くが従業員(所属税理士)に依存しているような状況では、従業員の側から「実質的に自分たちが運営しているのに、意思決定権がない」と不満が噴出します。これは、経営権の空洞化とも言える状況で、法人がどちらにも気を使った結果、何も改革できないまま空中分解していくという事態も珍しくありません。
(3)社員の突然の退任や死亡により法人が機能不全に
社員が少ない税理士法人の場合、社員が急な病気や事故で業務から離脱した際には、法人の意思決定が止まる恐れがあります。しかも、社員の退任・死亡によって後任がいなければ、法人そのものが解散事由を満たしてしまうことになります。このような「経営者リスク」は、法人格を持つ税理士法人であっても完全に排除することができず、むしろ構成が小規模であればあるほど、ダイレクトに影響を受けます。
こうした問題の根本には、「社員の責任が重すぎる一方で、法人の中で共有されていない」という歪みがあります。これを是正するために、法人内部の合意形成や持分の再配分を検討することもひとつの方法ですが、実際にはそれが難しいケースも多いのが実情です。
このようなとき、M&A(法人間の合併・事業譲渡等)によって経営体制を刷新することが現実的な選択肢となります。例えば、次のような効果が期待できます。
つまり、現在の法人構造に限界を感じたとき、それを改善する唯一の手段がM&Aであるということです。
税理士法人は、株式会社と異なり柔軟な組織再編が難しいため、構成員の関係性が悪化したときの修復コストは非常に高くつきます。だからこそ、社員と従業員の責任の差が顕在化する前に、「体制の見直し」や「事業の統合」といった選択肢を検討しておくべきです。M&Aは決して「後継者がいない場合の最終手段」ではなく、責任構造の見直しや法人運営の安定化のための前向きな選択なのです。
「同じ税理士」という肩書きでも、税理士法人のなかでは社員と従業員とでは背負う責任がまるで違います。その違いを見落として法人を運営することは、いずれ大きなトラブルを招くことになりかねません。
もし、いまの法人の構造や人間関係に漠然とした不安を感じているのであれば、それは「組織再編」や「M&A」という選択肢を検討するタイミングが来ているということなのかもしれません。遅すぎる前に、次の一手を考えてみてはいかがでしょうか。





コメント